05
桜子の手当てを待つ間、苅野は嵜沼から先程までの状況を聞かれていた。
「……だいたいわかった」
彩花が家族とうまくいっていないことは聞いていた。
初めて会った時だって、彼女は他の兄弟とは別にあのイベント連れてこられていたようだった。昔から、先程のような扱いを受けていたのだろう。
自分の夢と自分の限界値。
16歳だ。まだ夢を目標だと目指すことはできる。だが、なまじ優秀な人間に囲まれ、限界値を知る環境が整ってしまっていた。
そこで知ってしまった夢と現実の乖離に、同情しないわけではない。
だが、同情しても、周りを巻き込みかねない危険を許すわけではない。
「あれ? 苅野?」
苅野の背後から顔を出したのは、灯里だった。その後ろには、赫田がめんどくさそうに嵜沼の事を見ていた。
「黒沼? なんで……って、アレか。中にいたのか」
「キラピカのとこにいたんだけど、桜子ちゃんが殴られたって聞いてぇ……???」
「あ゛、えーっと……」
「その件で俺が事情聴取してるんだ。知り合いか?」
頷く灯里に、苅野もクラスメイトだと答えた。
「それより、事情聴取って? 桜子ちゃん、殴ったの?」
「ちげーよ!? 殴ったのは……あー……えっと」
「幸延久遠だ。そいつは、喧嘩の仲裁に入って、久遠と喧嘩をおっぱじめようとしてたから捕まえたんだよ」
彩花の兄であるからか、言葉を濁らせた苅野に、ハッキリと告げた嵜沼は、簡単に事の経緯を告げれば、灯里の目が暗く曇っていく。
「それで、彩花ちゃんのお兄ちゃんは、どこにいるの?」
「家に帰した」
「なんで」
「中に入れて事情を聞いてたら、絶対お前がやらかすからだよ」
不機嫌そうに眉を潜める灯里に、疲れたようにため息をつく嵜沼。
苅野も最近理解してきたが、赫田に隠れているだけで、灯里も大分手が速い。特に、好きな物をバカにされた時は。
ただの殴る蹴るの物理的な物ならば、まだいい。そういう意味では、赫田の方が骨や肉が再生すればいいだけと言える。
「前に一回、アイツの事、魔力汚染病棟送りにしただろ」
「一生出られなくてもよくない?」
「よくない」
「…………」
嵜沼を睨む灯里に、全く動じない嵜沼の間で、また以前のように嵜沼が突然叫び出すようなことがあれば、すぐにでも誰かを呼びに行かなければと、苅野が立ち上がる準備だけ整えていると、遠くから聞こえてくる足音。
「赫田も一緒? それなら迷子ってわけじゃないか」
「というか、迷子になってるかもって、いくらなんでも先輩の事、バカにし過ぎじゃない?」
すぐに現れたのは、彩花と桜子のふたりだった。
「桜子ちゃん! 怪我! 治すよ!」
「あ、じゃあ、ここどぞ」
慌てて立ち上がる苅野に、桜子は申し訳なさそうに断るが、こちらに向けられた椅子に大人しく腰を下ろす。
すぐに傍らに座った灯里が、治癒魔法で治す様子を感心した様子で眺めていた。
「慣れてますね」
高ランクの魔法使いだと、怪魔との戦闘もあるだろうし、こういった治癒魔法にも慣れるものなのだろうかと、少しだけ彩花に目をやってしまう。
「叔父さんから、骨折と出血は応急処置だけはしてって、昔からよく言われてたから」
なんとも実践的なアドバイスだと感心していれば、嵜沼と彩花が少しだけ顔を逸らす。
その様子を不思議に思っていれば、ふと目に入った後ろの全く気にしていない大男。
「…………」
まさか。と、入学式の惨状を思い出しながら、ほとんど確信に近い予想を飲み込んだ。
「ごめんね。今度から、彩花ちゃんのお兄ちゃんがいたら、すぐにぶっ飛ばす子に近くにいてもらうから」
「威力次第では許可できないんだが?」
小さな黒いイルカが、桜子の周りを泳いでは、波紋を生んで消えて行った。
灯里のいう護衛なのだろう。
白墨事件の大規模魔法の時にも、黒い魚が空間を泳いでいた。先程の黒いイルカも彼女の魔法の一部なのだろう。
「物理的な攻撃ならいいんでしょ」
「究極の選択させんじゃねェ」
先程よりも大分マイルドな雰囲気になったとはいえ、相変わらず頬を膨らませている灯里に、苅野もつい表情が強張ってしまう。
それほどまでに、あの久遠の様子は狂気染みていた。
「もしかして、お説教中でした?」
「説教、つーか……なんていうか。俺としては、いつ黒沼が魔法使うかヒヤヒヤしてんだけど……」
青い顔をしている苅野に、彩花はしばらく不思議そうに瞬きを繰り返すと、合点が言ったように目を瞬かせた。
「嵜沼さん、灯里の叔父さんなんで、そうそう魔法使わないから大丈夫ですよ」
「え゛」
考えてみれば、黒沼はあまり人に声をかけるタイプではない。だが、嵜沼とは普通に話していたし、わざわざ声をかけに来ていた。
それは、クラスメイトである自分が警察に声をかけられていたからだと思っていたが、どうやら知り合いふたりが話し込んでいるから、だったらしい。
むしろ、今も他の人が言ったら、問答無用に発狂させられそうなことを言い合っている。
「じゃあ、リンゴがギリギリ砕けないくらいの威力」
「…………その上で急所禁止」
説教というより、魔法を行使しても許される範囲の妥協点を探っているらしい。
先程の、骨折と出血の応急処置についても、おそらく嵜沼がやり過ぎた時のリカバリー方法として教えたと言ったところか。
妥協点も見つかり、桜子の治癒も終えた灯里は、近くの開いていた椅子に腰かけると、ため息をついた。
「それにしても、彩花ちゃんのお兄ちゃんなのに、どっちも性格悪い……」
「なんかごめん……」
「別に彩花ちゃんに怒ってるわけじゃなくて……!」
「大丈夫です。兄弟揃って、性格悪いのは間違ってないですから」
「ちょっ……!? 桜子に言われたくない!!」
「自覚の有無の差は大きいわよ」
「わ、私だって自覚はしてるし!」
「そういうとこ」
今度は彩花と桜子が口論し始める様子に、灯里が互いに目をやっては、かける言葉を見失っていた。
そんな中、嵜沼が静かに立ち上がると、苅野も不安そうに嵜沼を見上げた。
「あの、結局俺の処罰って……」
「あぁ……今回は直前だったしな。口頭注意で十分だろ。悪いと思うなら、これで全員分の飲み物買って、しばらく一緒にいてやれ」
そういって、苅野にいくらかのお金を握らせた。




