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7月の中で、学生が最も嫌う出席日。
期末試験の答案返却日だ。
授業時間としては、半日で終わるが、結果次第では、終業式までの一週間の補習への出席が決まる。
「一緒に水曜日登校しないか?」
「仕方ねぇな……お前も来るだろ?」
「俺、42点だから。お前らとは違うんだわ」
「裏切り者!!」
クラス内も、補習の出席組と一足早い夏休み組で盛り上がっているようだ。
苅野はといえば、ほとんどの科目で平均点を取れていた。そのため、明日から終業式までは休みだ。
ブリリアントカラーライブが行われる7月26日は、夏休み中だが、今日も含め、数回打ち合わせがある。補習になってしまうと、不都合も多いだろう。
バイトでこれなら、出演者や本格的な警備に含まれている生徒は、もっと大変なことだろう。
灯里とは、休憩の時に話すし、ふたり組を作ったり、チーム作りでは一緒に組むことも多いが、お互い成績を気にしたこともなかった。
そのため、苦手科目も得意科目も全く知らない。もちろん、どの程度の成績かも。
「…………テスト、どうだった?」
考えてみれば、灯里は編入生だ。授業の進みの違いで困っていたのかもしれない。だとすれば今更だし、逆にとても頭が良かったら、バカにされたように感じるかもしれない。
いつものようにマイナス思考が頭を駆け巡るが、最終的に小声で声をかければ、灯里は自信満々とばかりに笑みを作り、日本史の答案を見せてきた。
「大丈夫だった」
そこに書かれているのは、『48』という文字。
「結構ギリ……」
「しゃ、社会苦手なんだよ。ヒロくんも覚えるしかないって言うし……苅野は?」
「俺も補習なし」
さらりと後輩である赫田に教わろうとしているような言葉が聞こえてきたが、日本史だからだろう。
「中間の時みたいに、放課後にテスト対策できないから、家でちゃんとやれって言われてたからさぁ」
「テスト対策?」
「黒沼は編入だからな。別で時間を取ってたんだ」
小中高はエスカレーター式であり、魔法使いであることが条件であることから、高校からの入学は少なく、編入など極一部。
そのため、カリキュラムは早めに設定されており、高校から入った生徒が最初に当たる壁として上げられる。それが一年分ともなれば、大変だったことだろう。
高ランクの魔法使いであることを理由に編入する生徒を、成績を理由に退学させられることはできないため、その生徒の担任になった教師は手厚いフォローをすることになる。
Sランクである灯里は、例に漏れず、中間試験の時には担任によるテスト対策が行われていた。
期末試験である今回も行われるべきであったのだが、彩花の護衛のこともあり、テスト対策はできていなかった。
「若干ヤケクソで、赫田の奴にテスト対策プリント渡したんだが、何とかなるもんだな」
琴吹荘には、赫田以外にも大澤や小林もいる。灯里が試験の成績だけで退学させるわけにはいかないため、彼らも何かしら協力してくれるかもしれないという、半ば強引なやり方だったが、結果を見る限り何とかなったらしい。
「とりあえず、苅野は顔合わせに遅れるなよ」
「顔合わせ?」
「ブリカラの警備バイトだよ。翌檜から何人か行くことになってて、聞いてない?」
学生のバイトとは比べ物にならないくらいの責任を負っていることは知っているが、それでも通っている学校からバイトが派遣されてくることは知っているはずだ。
詳細に誰かが派遣されてくるかまでは知らないだろうし、戦力として当てにもされていないだろうが。
「苅野、参加するの!? ホント!? じゃあ、バフ盛り盛りにするよ!」
「え、いや、あの、俺より別のちゃんとした魔法士とかにした方が……」
目を輝かせている灯里は、止める苅野の言葉を聞くつもりは一切ないらしい。
「だって、問題が無ければ、ライブ見てていいんだよ?」
「そっちが目的だな?」
目の前の灯里は、警備に加わる魔法士の中で最後の砦。つまり、何かが起きた場合、対応を余儀なくされる。
ライブとして重要なのは、むしろ事前に問題を防ぐ苅野たちの、異変がないかを確認する警備の魔法士たち。そこで防げたのなら、灯里の出番はない。
「でも、そっか……学校からも派遣とかあるんだね」
「社会科見学みたいな感じだよ。お前らみたいに、その辺の怪魔、テキトウに倒すとか普通出来ないし」
才能に溢れていると、バックアップが準備されている実戦経験の大切さもわからなくなるのかもしれない。
少し興味があるのか、灯里はじっと苅野のことを見ていたが、それを遮ったのは担任だった。
「お前は来るなよ」
「ぇ」
「絶対に来るな。めんどくさいから」
灯里が来ることで不都合なことは思いつかないが、担任が有無を言わさない様子で語る言葉に、ふたりは首をかしげることしかできなかった。
「ブリリアントカラーライブ警備の翌檜学園学生代表を務める幸延久遠だ」
顔合わせの教室で待っていると現れた久遠の姿に、担任の言葉の意味を理解するのだった。




