01
「あのクソアマァ!!!」
良く冷え切った部屋で、男が叫んでいた。
「直前になって逃げるとかふざけてんのか!!」
組織からスパンコールと連絡がつかなくなったと報告が入り、無論追跡調査の依頼もあり、調べた。
調べたところ、彼女の使っていたパソコンには、『ハワイでパンケーキ食べてくる』とバカげたメッセージが残っていた。
使用しているロボットのシステムについては、青兎馬も関わっていたとはいえ、ウイルスが仕込まれている可能性もある。
それらの精査に加えて、当日の警備状況の調査についても、本来ふたりに振られていたはずのタスクが、全て回ってきてしまっていた。
「………………バックレるか?」
追加報酬を出されたとしても、割に合わない。
スパンコールのように、自分も逃げてしまえばいい。
前屈みになっていた体を、一度背もたれに預け、このまま科学推進委員会に協力するのと、科学推進委員会と手を切った場合の損得に思考を巡らせていた時だ。
荒々しく蹴り開けられる扉に、肩が震えた。
「ノックくらいしろよ! でなきゃ、今度は鍵かけ、るからな……」
怒りのままに、ドアに体を向ければ、入ってきた人物の姿に、文句が尻すぼみになっていく。
「青兎馬ってやつは、兄ちゃんだな」
吐き気を催すような笑顔で、近づいてくる男の顔は布で覆われ半分ほど隠されているが、隠し切れていない色の違う皮膚の色に、隠されている下の部分について詳しい話は聞きたくない。
その傷跡に加えて、体つきの良さ。実行部隊に雇われた人間だろう。
本来、連絡事項に関しては、全て雇い主を通して行われる。少なくとも、実行部隊にシステムの中核になる部屋を教えることはない。
得てして、ハッキングをするような人間と、実行部隊に志願する人間の性格は、噛み合わないからだ。
「いやぁ、調べたかいがあったよ。連中、俺が出した条件のひとつも飲めないっていうからよ」
人が乗っているはずの椅子を片手で軽々と回すと、半ば強制的に画面に体を向けさせられる。
「最終的に、快く快諾してもらったんだけどな」
絶対に脅したな。と、察しながらも、青兎馬は男の言葉を待った。
「別に難しい話じゃない。単なる人探しだ」
「人探し?」
見せられたのは、画質の悪い白黒写真。
「白墨事件の魔法の使用者だ」
ニュースでは、科学推進委員会によるものとされていたが、無論違うことは本人たちが良くわかっている。
魔法の暴発であろうことも。
これだけの規模だ。魔法管理局にアクセスすれば、見当がつくはずだ。
「そりゃ助かる! そいつには礼が伝えたくてな!」
バンバンと叩かれて揺れる椅子に、文句が漏れ出そうになるが、必死に飲み込む。
「おかげで、タダで生き永らえさせてもらってんだからな」
口元は笑っているというのに、全く笑っていない目が青兎馬を見つめた。
*****
苅野は、部活の合宿の出家席の用紙を見つめては、ため息を共に職員室のドアを開けた。
魔法士候補推薦で入学していることもあり、高校生魔法大会に出ることが学費ほう助の最低条件になっている。学年選抜でも構わないため、一年時にはそちらで出場したが、二年にもなると実力者は増え、学年選抜と学校選抜の生徒が同じなんてことは増える。
部活の強化合宿は、実戦も含まれたスケジュールとなっており、金額の問題が無ければ出席したいところだった。
「…………」
しかし、学費やバイトを考えたら、見送るしかなかった。
「なら、このバイトでもやってみるか?」
顧問に合宿欠席を伝えれば、担任が声をかけてきた。本職は教師であるが、現職の魔法士でもある担任は、魔法士の求人などにも精通していた。
魔法士を目指すならば、実戦経験に有無は大きく、翌檜学園にはそれなりの求人が来ている。
「って、これブリカラじゃないっすか……」
担任が差し出してきたバイト内容は、ブリリアントカラーライブの警備だった。
出演者はもちろん、護衛に灯里や赫田が関わっていることを知らないはずがない。
「人手が足りないらしい。まぁ、池袋の駅前を大きく使った野外ライブだしな」
「……」
「深刻な顔しなくても、ライブに大きなテロ組織が関わることはあまりないしな。難しくはないだろ」
ライブ企画側が、10年前のテロ事件に関連付けてしまっているのと、魔法少女が襲われる事件などのおかげで、連日テレビでは散々騒がれているが、実際のところ、音楽ライブやイベントにおいて、大きなテロ行為が行われたことはない。
あっても、個人的なものばかりで、今回の騒ぎは周りが大きくしているような印象はあった。
「でも、これ人気ありそうなバイトですよね? 貼ってなかったような……」
夏休み中だし、人気アイドルのライブでバイトなど、チケットが外れた人からすれば、参加したいという人も多そうだ。
当たったにも関わらず、警備で参加を強要された学生を知っているが、あれは例外だ。
実戦経験とは違うが、バイトにもなるし、参加してもいいかと思っていたが、担任の反応が返ってこない。
「…………」
「先生……?」
将来的に魔法士になる生徒が多い翌檜学園だ。人手が少ないなら、積極的に勧誘が来る。
そして、生徒も比較的そういったバイトには参加する生徒が多い。選考などがめんどうで、一部の生徒にだけ声をかけているのかと思ったが、顔を逸らしている担任の反応から違うらしい。
「きな臭い上に、あの問題児が揃ってるんだぞ。浮かれた連中の引率しながらなんてできるわけないだろ」
「なんで俺呼ばれたんすか!?」
先程とは言っていることが正反対だ。
「お前はほら、実績があるだろ。黒沼さえ止まれば、赫田はアイツがムリヤリ止められる」
「…………」
任せるぞ。と、見事な笑顔で肩を叩かれた。




