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世界に色を付ける系アイドル始めました  作者: 廿楽 亜久
7話 白墨事件

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05

 キーボードからゆっくりと指を離しながら、長く息を吐きだす。


 あの時も混乱は続いていて、赫田は病院に運ばれ、私も兄たちに連れられて家に帰らされたりと、慌ただしいまま灯里たちと別れることになってしまった。

 ふたりの無事を調べようにも、名前すらわからなければ、不可能に近かった。


 それでも情報がないかと、テレビをつけたところで、報道のほとんどは事件の恐怖や異様さについてばかり。その中心となっていたのは、あの黒い世界の事だった。

 テレビが名付けた”白墨事件”という名前は、被害者も視聴者も、皆が納得した名前。

 本当は、被害者のはずの灯里の使った魔法。それが、まるで首謀者のように名付けられてしまった。

 今更、あの魔法は別の人間が使ったものだと言ったところで、誰も信じない。


 人が恐怖で作り出した虚像。

 真実を誰も信じないのなら、虚像の上から、塗り変えてしまえばいい。


「…………どうしたの? いや、想像はつくんだけど」


 談話室で、ブリリアントカラーライブについて、話し合いをすると言っていた小林たちの元へ行けば、困り顔でテレビの前に置かれたソファへ目をやる小林と大澤の姿。

 その視線の先には、赫田の膝の上に不貞腐れたように突っ伏す灯里がいた。


「あれ? 彩花ちゃん、用事終わったの?」

「うん。今送ってきた」

「送る?」


 空になっていた灯里のマグカップにも、コーヒーを注ぎ、隣に座れば、不思議そうに首を傾げた。


「新曲のデータ」

「新曲!?」

「私が作曲作詞。編曲はプロ任せだけどね」

「彩花ちゃん……それ、一応シークレットなんだけど。ライブに間に合うかも怪しいし」

「でも、灯里、チケットキャンセルしないといけないかもしれないんでしょ」


 どうせ突っ伏していた理由はそれだ。


 スパンコールの件だけではない。

 ネットでも、魔法少女がこれだけ危険な目に遭っているにも関わらず、ライブを行う必要があるのかと疑問視する意見も多く上がっている。

 実際に被害も出ているし、一部参加予定だった魔法少女も怪我や大事を取り、参加を取りやめる者もでてきている。

 だが、同時に危険を顧みず、白墨事件に真っ向から勝負し勝つことこそ、魔法少女がすべき使命であろうという意見も出ていた。

 上の人たちも、白墨事件の日付と場所に合わせて、ブリリアントカラーライブを行うと計画した時点で、ある程度予測できていたことではあるが、実際に出ている被害なども考慮し、頭を悩ませているらしい。


「でも、犯人ここにいるし」

「言っちゃうの? それ……結構な秘密よ? それ」


 警察や魔法士内部でも、極一部しか知らないトップシークレットである、白墨事件の真相。

 正確には、名付けの理由となっている大規模魔法を使った正体不明の魔法使い、ではあるが。


 小林も、彩花が琴吹荘に住むことになってから、大澤に聞かされ、頭を抱えた。

 事件後、メディアが煽った事に加えて、数年の歳月をかけて育ててきた『世界から色を奪った悪い魔法使い』『再誕した災厄の魔女』の印象は、すっかり人々の心に印象付いてしまっている。


「というか、灯里犯人じゃないでしょ」

「警察が捕まえてねーのが問題だしな。めんどくせェなら全員ぶっ潰せばいいのにな!」

「耳が痛い上に、頭まで痛くなりそうな意見やめてほしいなぁ」


 大澤も逃げるようにコーヒーに口をつける。


 警察としても、今更、実はその魔法を使った犯人が、全く関係のない子供で、アレはただの魔法の暴発であったなど、口が裂けても言えない。むしろ、今更その事実を公開しようと言うなら、今まで自分たちが信じていた真実を捻じ曲げ、隠蔽しようとしていると信じて疑わない一般人が攻撃してきかねない。

 そうなったら最後、嘘で加害者に祀り上げられた灯里が、本当の加害者になりかねない。


「今のところ、まだブリカラは中止になるって話は聞いてないですけど、どんな感じなんですか?」

「犯行声明でもはっきり出たら、取りやめるほかないだろうってところかな。最近は、数が多いのと幸延ちゃんとか、桃井ちゃんとか有名なところが狙われたから話題に上がってるだけで、魔法少女が襲われるって話は、正直昔から多いからね」


 科学推進委員会だけではない。魔法使いを嫌う人間は一定数存在する。

 魔法少女は、その筆頭のようなもので、魔法使いだけがなれるアイドルは世界でも類を見ない、日本だからこそ根付くことができた異質なアイドルジャンルと呼ばれるほどだ。

 最近では多様性が認可されてきたおかげで、石を投げられることは少なくなったとはいえ、潜在的に嫌っている人は多いだろう。


「屋外ステージだから、警備の難しさはあるし、正直中止してほしい気持ちが大きいね」


 だが、中止をしたなら、魔法少女が屈したことになるというライブ断行派の意見が、元々のブリリアントカラーライブの開催理由と合致してしまうため、頭を悩ませる種になっていた。


「だからこそ、中止をしないなら、安全を担保できるような魔法使いの警備が必要だと思うんだけどねぇ?」

「…………」


 絶対にコーヒーから視線を外さない灯里に、大澤も眉を下げるしかない。


「つーか、犯行声明なんてでるわけねェだろ。あっちからすりゃ、嫌な魔法使いとそれの支持者がぞろぞろ集まってくるイベントだぞ。そんなもん、集めてドカンなら手っ取り早いしよ。わざわざ中止になるようなことしねーだろ」

「確かに。そうだね」


 特に、魔法少女はステージに立ってわかりやすく、狙いやすい。

 ライブ生放送も予定していることは告知済みだし、ライブ中に狙う方が、魔法使いやそれを擁護する人たちへの警告としてはわかりやすい。


「そこのオッサン、テキトーこいてやがるが、先輩が警備に参加しないなら、ライブ中止にしやがるぞ」

「ハ!?」


 赫田はソファの背に腕を掛けながら、聞こえないふりを続ける灯里へ、はっきりと告げれば、今まで動きもしなかった水面が大きく揺れた。


「嘘だ!? なんで!? 彩花ちゃんたちが、毎日頑張って練習してるのに!?」

「頑張るも何も、それで死んでちゃ意味ないからだよ。というか、理由はずっと言ってるでしょ……安全が担保できないって」

「魔法使いひとりに希望抱きすぎじゃない!?」

「ただの魔法使いに、” S ”が付くわけないでしょーが。いい加減、自覚してくれないかなぁ……」


 どうにも、灯里は自分の認識がズレていることに気が付いていないらしい。

 無自覚すぎる爆弾に、ついため息が漏れる。


「個人的に、脅しってのも後味悪いし、自由意志を尊重して聞いたじゃない。どっちにしたって、警察は批判浴びるわけだし」


 ライブをやるにしろ、やらないにしろ、批判は浴びる。

 その上で、人が死んだり、ケガをしたりする取り返しのつかない結果より、言葉だけの批判の方がずっと良い。


 それに、灯里がひとり断っただけで、ライブが中止になるなどと言えば、ソファの向こうで驚いた顔をしている彼女がなんて答えるかは想像がつく。

 案の定、灯里は一度視線を彩花の方へやると、すぐに下に向け、こちらを見た。


「…………やります」


 予想通りの答えに、大澤は静かに息を吐いた。


「でも、ステージの全体が見える場所がいいです……」


 ソファの背に沈んでいきながら、苦虫を潰したかのように続く言葉に、大澤もしばらく言葉を失ってしまったが、軽く笑いながら頷いた。

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