03
誰も、最初は何も理解できなかった。
だが、確かに炎と煙が上がる様子や、揺れる足元とコンクリートやガラスの割れる音、怪魔と人の叫びが、異常が起きていることを証明していた。
「テロだ!! 逃げろ!!」
その声に、周りはパニックになり、数少ない出口に向かって駆け出しては、誰かが転び倒れる。
魔法少女のイベントは小さな子供も多く、その緊張感に包まれた異様な空気に泣き出す子に、それが連鎖していく。
彩花も周りを見渡すも、人々の流れは早い上、容赦なくぶつかる人のせいで、目立つヒロですら見つからない。
「灯里……? ヒロ……? どこ?」
こういう時こそ、冷静にならないと。
ヒロは体も大きいし、多分大丈夫。だけど、灯里は小さいし、こんな状況じゃ、転んで誰かに踏まれているかもしれない。
だから、早く見つけてあげないと。
彩花は、焦る気持ちを無理に抑えながら、周りに目を凝らせば、掴まれる腕。
「大丈夫か? 怪我は?」
嵜沼だった。その腕には、灯里が抱えられていたし、傍らにはヒロもいた。
「怪我はないな。よし。避難するぞ」
「んだよ。怪魔がいんならぶっ飛ばしちまえばいいじゃねーか」
「怪魔だけならな。お前は、灯里と彩花を守って、避難所まで行くこと」
「おじさんは?」
「俺はどうせ、そこで捕まる。さすがにこの状況で非番もクソもねェ……いいか。大人しく、ヒロの近くから離れないこと。わかったか?」
「がんばる」
「あぁ、うん。本当に頑張ってくれよ……」
エレベーターも使えず、非常階段の前で溢れかえる人から少し離れた場所で、嵜沼は一度灯里を下すと、近くにいた警備の人の元へ向かう。
そして、何か少し会話を交わすと、一度こちらを見て、軽く手を振ると奥へ消えていった。
「人工怪魔に魔法使いに、銃火器のオンパレード……本当に日本か? ここは」
予備の防弾チョッキを身につけながら、嵜沼は悪態を垂れた。
テロの目的は、どうやら近くの大学で行われていた『魔法とテクノロジーの融合』についての著名な研究者たちの講演会の妨害だったらしい。
有名な魔法士なども交えた大規模な講演会は、生中継もされており、テロリストたちから魔法は異端であり、排除すべき存在であるという犯行声明が流れ続けている。
「集まった一般人も、魔女を肯定する反人類であると攻撃されています。大学の方は、相当悲惨な状況だと……」
「犯人たちは」
「大学で魔法士たちと交戦中と」
これだけ大規模な事件を起こした犯人たちだ。大学内だけで抑えられているとは思えない。
人工怪魔は制御が効かないため、それはそれで気になる所だが、訓練された人間の方が恐ろしい。
「外にいる人間を建物内に誘導する。とにかく、応援がくるまで耐えるぞ」
ここは池袋だ。すぐに、戦闘に慣れた魔法士や警察が来るはずだ。
「そろそろか……ズラかるぞ!」
それは、相手もよく理解していた。依頼通り、魔法を擁護するとされる人間を減らしていた彼らは、リーダーの声に窓から出していた銃身を中にしまうと、最後に爆弾を外へ落とすと、事前に準備していたワイヤーで隣のビルへ移る。
次々と移っていく彼らのひとりが、ワイヤーを滑り降りている時だ。滑空してきた怪魔がワイヤーごと、彼を蹴り落とした。
「おっと……思った以上に怪魔の処理が遅ェな……」
人工怪魔は、本来の怪魔に比べて弱いはずだが、警備も魔法士たちも対応しきれていないらしい。
予定よりも溢れている怪魔が、味方や敵を見分けられるはずもなく、逆に自分たちの脱出の邪魔になっていた。
「そもそも見分ける気もねぇか……仕方ねェ、一度下に降りて――」
パニックになった人間に紛れるつもりだったが、この混乱した状況なら、このまま車でも探して逃げることもできそうだ。
外の様子を伺っていたリーダーの目の前を掠めた銃弾。
「マジか……」
身を引く瞬間、見えたのは路上からハンドガンを構えた男だった。
有効射程ギリギリだろうに、まぐれではない。たまたま、動いたから当たらなかっただけだ。次は当ててくる。
「下から一人来るぞ。相手してやれ」
遠目にもわかる。あの男は強い。
部下にあの男の相手を任せ、リーダーはひとり屋上に向かった。
強い風が吹く屋上から見えたのは、立ち上る煙と炎。地面を見下ろしたところで、人など小さすぎて見えやしない。
「さて……」
周囲を見渡せば、案の定、空を飛ぶ怪魔たちは処理が追い付いていないらしく、何体か悠々と空を飛んでいる。
手頃な一体にワイヤーの取り付けられた銃を撃ち、近くのビルへ飛び移ろうと足を浮かせた。
「ん?」
煩い風の音の中でも聞こえる怪魔たちの叫び、目をやれば、カラフルなテントが立ち並ぶ屋上で、次々と怪魔を倒している影があった。
まだ子供のようだが、純粋で暴力的な強さはよく知ったもので、相手にしたくないレベルのものだ。
その獣のような目が、こちらを捕らえるならなおの事。
その獣は、近くにいた怪魔を薙ぐと、槍をこちらへ構え、空で暴れる怪魔に投げつけた。
「チッ……! クソガキ……!!」
悪態を垂れながらも、銃でその獣を撃つと、自由落下より少しマシ程度の滑空の中、どこかに飛び移れないかと周囲を見渡す。
その時だ。
――世界から色が消えた。




