05
名残惜しそうに男が去っていくのを見送っていた苅野も、すっかり姿が見えなくなると、ふたりに振り返る。
「付き合ってもらってありがとうな。コンビニ行くなら、なんか奢るけど……行く、か……?」
保護団体のサイトを探してもらったお礼もあるが、今コンビニに行ったら、灯里がチケット代を振り込みかねない。
苅野の予想通り、灯里は目を輝かせ頷き、彩花は何とも微妙な表情で首を横に振っている。
「せめて小林さんに確認しよ? レッスンで合流予定だから」
「事後報告……」
「絶対ダメなやつ……」
彩花が渋い顔をして苅野に助けを求める視線を向け、灯里も苅野に同意を求めるように視線を向けてくる。
もちろん、苅野は彩花の味方だった。
灯里の味方は、自分に被害が被るのだから考える余地がない。
「ひっどっいっ! これはやはり強引な手段も辞さないのでは……?」
「「ダメダメダメ!!」」
割と本当にやることを知っているふたりは、慌てて止めると、突然目の前の灯里を通り抜けていった何か。
通り抜けていった影を視線で追えば、足のついた小さな機械が、道路の向こうの塀にぶつかり転がりながらも、カメラがこちらを捕らえていた。
「……マジかよ」
カメラの画面を見ながら、スパンコールはその派手な爪を齧っていた。
赫田の情報を調べれば調べる程、まともに相手をする気が無くなり、結果、仲がいいと言われている灯里にターゲットを変えた。
灯里がSランクであることも、何故かスパンコールですら調べることのできないセキュリティで保護されていることも、精神系魔法が使えることも十分に調べた上で、赫田を相手にするよりマシだと結論付けた。
規格外の魔法使いであっても、意識外からの攻撃であれば、当てることはできる。一回当てることができれば、訓練していない学生の相手を倒すなど簡単だ。
簡単な、はずだった。
「?」
対象に取り付けと命じたロボットは、ようやく何かに襲われそうだと気が付いた対象に、もう一度飛びつこうとして、カメラがブレると同時に映ったのは鈍く光る何かとマイクが拉げる音共に画面が暗くなった。
「――――」
その暗くなった画面を見つめていたスパンコールは、血の気の引いた表情でそれを見ていた。
「――っと、無事か?」
灯里に飛び掛かろうとしたロボットを、彩花が一度弾き、それを剣で叩き割った苅野が、動かなくなったのを確認してから、ふたりに振り返る。
特に怪我は無さそうな上、一番に襲われたはずの灯里が未だに不思議そうな表情で、それを見つめていた。
「ホント、規格外だな……お前」
気が付いてもいない攻撃すら当たらないのかと、頭を掻いてしまう。
「つーか、これが例の襲撃の奴か? だったら、早いところ幸延さん、安全なところに連れて行った方がいいだろ」
詳しくは知らないが、これが彩花を狙ったものなら、これで終わるとは思えない。早く警察がいるところに連れて行くべきだ。
灯里が狙われたのは気になる所だが、奇襲で一番厄介な相手を潰せるなら、それに越したことはない。
「機械相手だと、認識阻害が上手くいかないなぁ……」
不満気に漏らす灯里の腕を彩花が取れば、駆け付けてくる足音に目をやる。
制服を着ているはずなのに、派手という言葉しか出てこないほどの、色とりどりの装飾に、髪までカラフルな女子高生の必死な表情に、剣を構えた苅野も体が強張ってしまう。
「やっぱ、さやちんだ!! 無事!? 怪我してない!?」
その女子高生は彩花に駆け寄ると、頭のてっぺんから足先までしっかり確認すると、安心したように大きく胸を撫で下ろした。
「よかったぁ……ウチの作った爆弾でさやちん怪我させちゃったら、マジショック過ぎて寝込むとこだし」
「それ、どういうこと……?」
彼女の言葉に眉を潜めたのは、その場にいた全員だった。
”爆弾”という言葉もだし、”ウチが作った”ということにもだ。
「え、あぁ、不発だったんだ。使い捨てだけど、完スクじゃん。ウケる」
苅野の足元に落ちているロボットを見て笑う彼女に、苅野もそれが爆弾だと知り、慌てて少し離れた。
「ごめんネ! さやちんが近くにいるって知ってたら、爆弾なんて使わなかったのに。今のは、さやちんを狙ったわけじゃなくて、さやちんを狙う野蛮人に嫌がらせするために、こっちを狙っただけだからさ」
なんてこともないように明るく言う彼女だが、テレビでは絶対に見ることのない表情で睨む彩花に、さすがに何かまずいことをしたかと頬をかいて首を傾げた。
「え、えーっと……ウチ、なんかしちゃった?」
「友達が目の前で殺されそうになって、その犯人が目の前で悪びれてないなら、誰だって怒るよ」
「……え、ぁ、ま、マジか……さやちんの……」
本当なら今すぐにでも殴ってやりたい。
だが、彼女は驚いたように視線を巡らせた後、灯里の方へ向いて謝った。
「ゴメン。怪我してないとは思うけど、大丈夫だった?」
「え、あ、はい」
意外にも素直に謝る彼女に、彩花だけではなく、苅野も握りしめた剣をどうしたものかと悩む。
会話の流れから、先程のロボット爆弾を準備したのは彼女で、狙ったのは彩花ではなく、灯里の方。しかも、”野蛮人”というまた別の存在が出てきた。
てっきり、魔法少女襲撃事件の犯人かと思ったが、ただの単独犯である可能性もなくはない。
「ホント、ごめんネ? さやちんが好きとか言うあの野蛮人が、ウチの勘的には、アンタの方が好きなんじゃないかと思ったからさ……」
「…………もしかして、ヒロくんのこと?」
合点がいったという表情で、手を打つ灯里は、大丈夫だと笑った。
「よくあることだから大丈夫だよ」
「よくある……?」
赫田が恨みを買い、本人には勝て無さそうだからと、勝てそうな灯里の方へ怒りの矛先が向く。
昔からよくある事だった。
話の始まりから終わりまで、想像に易い光景に、彩花も苅野も、つい視線を逸らしてしまう。
「マジ? 巻き込まれとかサイテーじゃん。あの野蛮人にちゃんと言った方がいいって。言えない感じ? ウチがガツンって言ってあげよっか?」
「別に大丈夫だよ。このくらいじゃ、全然問題ないし」
本当に心の底からそう思っているであろう灯里に、彩花も苅野も何も言えなかった。
むしろ、止めるべきだろうか。爆弾など必死に用意してきたであろう彼女が”このくらい”で済まされてしまうなど、ショックかもしれない。
「なにそれ。サイコーにロックじゃん! ウチ、スパンコール。HNだけどね。リントモになろーぜぇっ」
苅野の心配は他所に、全くへこたれた様子もなく携帯を構えているスパンコールに、目を白黒させながらも、携帯を取り出そうとしている灯里を止めたのは、彩花だった。
「ちょ、ちょっと灯里!? 待って!?」
「さやちんも交換してくれる!? 絶対他の奴にバラ撒かないからさぁ!」
「そういうことじゃなくて!」
押しが強すぎるスパンコールに若干押されながらも、灯里を抱え込むように、スパンコールから引き剥がす。
「爆弾とか普通作れるわけないでしょ! 貴方が使ってるロボットみたいなのに、私だって狙われたことあるんだから、簡単に信用できるわけないでしょ!」
「へ……ウチのロボット? いやいや、ないない。さやちんがターゲットとか言われたら、ウチ絶対受けないし」
しかし、彩花が狙われたのは事実だ。灯里がいなければ、死んでいたかもしれなかった。
あの時は、爆弾ではなく、銃を積んだドローンだったが、小林たちの話では、小型爆弾で襲われた魔法少女もいたらしい。
なんでもない顔で否定しているが、正直いきなり現れたスパンコールをそこまで信じられるかと言ったら噓になる。
「桜子が襲われた時だって、スタジオでも……同じようなことがあったし」
「え、いや、それはないって。だって、外に出てきた桜子って奴だけ狙うって話で……」
さすがに真剣な彩花の表情に、スパンコールも言葉が尻すぼみになり、目を伏せた。
「あ……マジ……? そういうこと……ありえないわ……」
何かひとりで納得したように、スパンコールは携帯をしまうと、踵を返した。
「えっと、なんかごめんネ。さやちん。ウチ、ホントバカでさ。推しの神に迷惑かけちゃってた。ホント、ごめん……」
先程までの笑顔とは似つかないほど、その表情は暗く、無理に作った笑顔で手を振ると、スパンコールは走って去っていった。
何も理解できないまま残された彩花は、ただ唖然としていれば、そっと引かれた腕に慌てて灯里を離した。
「一応、言っておくけど、さっきの言葉、嘘は無さそうだったよ」
本気で謝っていたし、スパンコール本人も困惑しているようだった。
「嘘はないって言っても……」
「まぁ、さっきの話まとめると、明らかに魔法少女襲撃事件の犯人の仲間だしなぁ」
本人の事情はどうであれ、放置するわけにはいかない。
三人は、レッスン場にいた小林と熊猫に、スパンコールのことを伝えるのであった。




