03
赫田について調べれば調べる程、出てくる彩花と付き合っているという噂。
くだらない学生の噂だと一蹴しながらも、入学式の日に殴ろうとしたという情報に、ありえないとキーボードを叩きそうになる。
「とはいえ、冷静になれ。ウチ。アイツの実力は本物……闇雲に攻撃したところで、意味がない」
なにか弱点がないか。
青兎馬が怒りに任せて、反魔女派を煽っているっていると言っていたし、それを利用できないだろうか。
ネットで様子を見に行ってみれば、炎上はしているようだが、ほとんどは青兎馬によるもの。仕組みが見えてしまうと、なんとも虚しい炎上だ。
「しっかし、ここまで食いつかない? 普通、もっと食いついてない?」
なんだかんだ、魔法使いに対して隠れたヘイトは溜まっているはずだ。
どんな人間であっても、多少嫉妬はする。故に、自分たちとは違う力を持ち、自分たちには不可能なことを可能にできる魔法使いに、一般人は少なからず不満を抱く。
科学推進委員会は、その漠然とした嫉妬や不満を、偽りの言葉にして炎上させているだけだ。
スパンコール自身、その理想には全く共感できないが、ただ能力を認められて、好きなことをして、金がもらえるという、ビジネス的な関係だった。
だが、冷めた視点だからこそ、この食いつきの無さは、異常に映った。
国に雇われているハッカーが炎上を抑えているわけでもなく、人が驚くほど食いついていない。
「お偉いさんの息子だから? いや、なんか違うなぁ……」
妙な違和感の正体を調べるため、スパンコールはキーボードを叩いた。
*****
灯里は制服のまま、ひとり空を見上げていた。
「迷ったなぁ……」
今日は、彩花と桜子のふたりをレッスン場まで護衛する仕事が入っており、中での警備は熊猫などが行うという。
そのため、灯里はレッスン終わりまで彩花を待つことになるのだが、レッスン内容はもちろんブリリアントカラーライブの練習のため、ライブを楽しみにしている身としては、本番まで楽しみにしておきたかった。
歌は仕方ないとはいえ、振り付けや衣装は、本番で初めて見たいという欲があった。
彩花には理解してもらえなかったが、意外にもそこは桜子が同意してくれたため、外で時間を潰していることになったが、あまりに考えなしに歩いた結果、道がわからなくなった。
「まぁ、時間ギリギリになったら、飛んで戻ればいいからいいんだけど」
今の時代、GPSで現在位置はわかるし、方角さえわかれば、建物の上を飛んでいけばいい。
本来、魔法を学校の外で使うのは緊急時を除き、許可されていないが、その辺り、精神系魔法が使える灯里にとっては些細なことだった。
「東京でも、結構低い建物あるんだぁ……」
畑や庭は見えないし、敷地を主張するブロック塀が迫りくるが、思い描いていた高層ビルばかりの都市よりは少し親近感がでる。
気が赴くままに、足を進めていると、突然聞こえてきたこちらを威嚇する声に、目を向ければ、塀の上から今にも飛び掛かりそうな猫が毛を逆立てていた。
「え、ぇ……」
あまりの威嚇っぷりに、少し後退るが、落ち着いてくれる様子はない。
魔法を使って無理矢理落ち着かせてもいいが、ふとバックの中に入れていたそれを取り出す。
「アーモンドフィッシュ、食べる?」
きらぴかコンビのパッケージがされたお菓子を取り出す。
袋を開け、自分の口に一本放り込んでから、猫に渡そうと軽く放る。
すると、毛を逆立ててはいるものの、煮干しの匂いを嗅ぎ始めた。
「おいしいよぉ……おたべぇ……」
妙な念を発しながら、猫が食いつくのを待つ。
「黒沼?」
「んへ?」
突然かけられた声に、振り返れば苅野が不思議そうな顔で立っていた。
「食べる?」
「え、え゛?」
差し出されるアーモンドフィッシュに、混乱していると、何かを食べている様子のいつもの猫におおよその状況が察せた。
「えっ、あんまり食べちゃいけないの?」
「らしいっすよ。ほら、ネットで、塩分が多いって」
ふたりで菓子を齧りながら、携帯のネット記事を見せる。
「ホントだぁ」
「俺も、キャットフード買う金ないし、クズ野菜みたいなのしかあげてないんだけどさ」
「苅野、この子の世話してるの?」
「あ、あー……世話って程は……俺ひとりでもギリギリなのに、猫までなんて無責任なことできないし」
だけど、やせ細った体が動かなくなっているのを見ることになってしまったら、目覚めが悪い。
自己満足だと分かっていても、早く体力を取り戻して、元気にどこかに行ってくれたなら、と毎日来てしまっていた。
「正直、保護施設とかに預けられるのがいいんだけど」
灯里の持つ携帯の画面の一部を指さされる。そこには、保護にも費用が掛かると記載されている。しかも、学生の財布に厳しい値段だ。
「でもまぁ、こんだけ元気だし、体力さえ戻れば大丈夫なんじゃないかとは思うからさ」
世間では無責任だと罵られる選択肢なのかもしれないが。
「――ってことがあったんだけど」
大きく波立つココアを眺めながら呟く灯里に、彩花と大澤は、目の前で繰り広げられている赫田の大立ち回りを見比べ、反応に困っていた。
ネットのことで色々言われたらしい赫田は、簡単に言えば普段通り爆発した。
入学式の被害がかわいく思える程の見事な蹂躙だったらしい。それこそ、何か文句を言って、自分に飛び火など絶対にされたくない、巻き込まれたくないと思うほどの惨状だった。
教師が、引き取りに来いと灯里に助けを求める程度には。
そして、寮の最も頑丈な一室を使って、灯里の作った使い魔と小一時間程戦い続けているというのが、現状だった。
「聞いてる?」
「き、聞いてるけど、あのさ、アレ、大丈夫なの?」
「いつものことだよ? むしろ、ちょっと大人しい」
「へぇ……嫌になっちゃうわ……」
書類上では知っていたが、現実として目の前で繰り広げられると頭痛が痛くなる。
これでも、灯里が考慮して、衝撃などを伝わりにくくしてくれているはずなのに、揺れ続ける水面が、戦いの凄まじさを物語っていた。
「で、黒沼ちゃんはどうしたいの? 金がないなら、その苅野君が言った通りどうしたって無責任になるでしょ」
「そうなんですよ。こっちにも、猫好きオジサンいればいいのに」
「誰それ……」
「猫屋敷の猫好きオジサン。休みの日には、タモとケージ持ち歩いてる」
名物オジサンのようなものだろうか。
そんなローカルなオジサンの詳細などわからないふたりに助け舟を出したのは、つい先ほどまで暴れまわっていた赫田だった。
「あの変人ジジィがいねーんだから、里親探しなんてまず見つからねェからやめとけ。しかも、人に懐いてないやつなんだろ」
「あ、里親か。ネットで見てみる?」
ネットで探そうとする彩花に、赫田はめんどくさそうにため息をつきながら、槍を仕舞うと、鬱陶しそうに汗を拭く。
「あ、条件付きだけど、無料で保護してる団体があるって」
「条件?」
「うん。23区内で、見た目だけでもよいので病気や大きなケガがないこと。わからない場合は、写真や動画を送ってくださいだって」
動物好きの老人が、捨てられた動物が街で餓死するのを少しでも減らしてあげたいと立ち上げた団体らしく、里親が見つかるまでは、その創始者である会長の家で保護しているらしい。
あくまで面倒を見れる程度であることが条件であり、動物の種類やサイズなどの条件も書かれている。
苅野にそのサイトについて連絡をすれば、明日動画を撮って送ってみると返事が返ってきた。




