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世界に色を付ける系アイドル始めました  作者: 廿楽 亜久
1話 アイドル家出します
2/44

02

 忘れられてる。


 確かに、1日にも満たない時間ではあった。

 名前も、つい先ほどまで赫田浩之(かくたひろゆき)ではなく、彼と共にいた少女が呼んでいた『ヒロくん』ということしか知らなかった。


 ……覚えていなくて当然かもしれない。


 だからといって、思い出してもらえないどころか、アレほど敵意を向けられるとは思っていなかった。喧嘩中で気が立っていた事もあるだろう。仲裁に入った教師にすら殴り掛かりそうな勢いだったし。

 

 しかし、白墨事件のことは覚えていそうだ。

 先程も白墨事件の名前を出した途端、明らかに態度が変わった。

 問題は、その事件の前に会っていることを覚えているかだが、その会話すら出来そうにない。


「……」


 運がいいことに、彼は同じクラスだ。

 会話の機会は、確実にある。


『先輩が見てたテレビにいたような……』


 アイドルなんてやっていれば、見たことがあるなんて言われることは多いが、妙に引っかかる”先輩”という単語。


 記憶にあるのは、赫田に”灯里”と呼ばれていた少女。

 時間つぶしに寄った魔法少女フェアで、1人1枚渡されるバッヂが灯里の好きな魔法少女だったとかで、じっと見つめてくる灯里にバッヂを上げたのが、出会いのきっかけだった。

 赫田と会ったのはその時だけで、他にいたのはどちらかの親で大人だったはず。子供は彼女くらいしかいなかった。


「…………年上だったんだ……」


 つまり、”先輩”は”灯里”である可能性が非常に高い。

 てっきり、年下かと思っていたが、先輩だったらしい。

 しかし、大事なのはそこじゃない。赫田の言葉から、灯里もこの翌檜学園にいるということだ。


 会いたい。

 会って、ちゃんと話がしたい。


 そのためにも、やはり、赫田ともう一度落ち着いて話をしよう。

 既に喧嘩から数時間は経っている。少しは落ち着いているだろう。


 帰ろうとする赫田を追いかけるように立ち上がれば、呼び止める声。


「幸延さん、危ないよ……? 朝だって先生来なかったら、殴られてたんだし」


 朝の事件を目撃している生徒も多く、彼は随分と恐れられてしまっているようだ。

 追いかけようとする彩花を止める親切なクラスメイトたちにどうにか宥め、赫田を追いかける。


 追いついたのは昇降口を出たところで、体格のいい赫田は朝の事件を知らない人たちからも、遠目に注目を浴びているようだった。


「わ……見て見て。彩花ちゃんがいる。本当に有名人が多いんだね」


 声をかける前に、赫田の向こうから顔を出した女子生徒は、彩花を見て驚いたように呟き、赫田の袖を引っ張っている。

 袖を引かれている赫田は、こちらを警戒するように目を細め、彩花のことを見下ろしていた。

 朝の事件を目撃していれば、すぐにでも彩花に離れるように伝えるだろうが、彩花の視線はただ一点に向いていた。


「灯里……?」


 こちらを見つめる女子生徒。

 記憶の少女の面影のある彼女に、その名前を呼べば、彼女は驚いたように何回か瞬きを繰り返し、警戒するように目を細めた。

 誰だって、知らない人から名前を呼ばれれば警戒する。不特定多数に名前と顔を知られている自分ですら、知らない人から、当たり前に知り合いのように接されれば反応に困る。一般人なら尚更だ。


「待って! あの、違くて……! お、覚えてない……? 私の事」


 灯里の様子に、慌てて声を上げるが、心には淡い期待を抱かれていた。

 先程”彩花”と名前を言っていたのだから、あの時のことを覚えているのではないか。


 だが、期待を裏切るように、灯里の表情は硬い。


「会った事、あります……?」

「白墨事件の時に、魔法少女のフェアで」


 何か記憶の取っ掛かりにならないかと、白墨事件のことを伝えれば、何か思い当たるところがあったのか、灯里の表情が少しだけ柔らかいものへと変わる。

 だが、赫田の表情は、変わらずめんどくさいとばかりの表情で彩花を見ていた。


「あの時、私の歌、好きって言ってくれたのが嬉しくて、色々あったけど、その言葉が支えだったから……だから、ちゃんとお礼を言いたくて」


 きっかけは、自分でも呆れるくらい幼稚な物だったけど、『すごい』と褒めてくれたのは、灯里が最初だった。

 それから、褒められる機会は何度かあった。けれど、その時ほど嬉しかったことは今までない。


「それに、あんなことになって、ふたりが無事か、心配だったから、元気そうでよかった」


 まさか同じ学校に通っているとは思っていなかったが。


 この十年、伝えられなかった言葉をようやく言葉にできたが、灯里の表情は優れない。

 覚えていないのかと、少しだけ胸がちくりと痛む。

 自分にとってはかけがえのないことでも、彼女にとっては取るに足らない出来事で、その後の事件のことを思えば、忘れてしまってもおかしくない。


 理解はできても、結んだ唇が震えそうになって、つい視線を下げてしまう。

 初めて自分を認めてくれた人。

 友達どころか、記憶にすら残っていない。


「えーっと……リボンちゃん、くれた歌のうまい子……?」

「たぶん。つーか、そいつ以外話してないだろ」


 ふと耳に入った小声の会話に、俯きかけていた顔を上げれば、灯里は少し驚いたようにこちらに目を向けていた。


「……彩花ちゃんだったんだ……」


 どうやら思い出してくれたらしい灯里に何度も頷く。

 正直、渡したキャラクターの名前はわからないが、赫田の反応からしても間違いではないだろう。


「よかったら、連絡先交換しませんか?」

「え゛っ」

「イヤなら全然……!!」


 せっかく会えたのだからと、やや興奮気味にスマホを出せば、灯里の表情が強張る。

 いくら昔に面識があるからと、馴れ馴れし過ぎたかと、慌ててスマホを後ろ手に隠せば、灯里も彩花以上に動揺しながら、視線を泳がせていた。


「あ、アイドルって、そういうの平気なの……?」

「別に友達との交換は問題ないですよ」


 そういえば、おずおずとスマホを取り出し、連絡先を交換する。


「じゃあ、私たち、買い物あるから」

「はい。引き止めちゃってごめんなさい」


 ふたりを見送った後、通話アプリに増えたふたつの名前に、つい笑みが零れてしまう。


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