デートという試み
羽風とロジーは大型モールへと足を運んでいた。
日曜日というのがあってか、家族連れや友たち同士で楽しむ学生たちなど、多くの人で溢れている。
「ロジーとこうやってお出かけするのは初めてだなぁ」
家にいるときのラフな格好とは違い、オシャレな服装で身を包んだ羽風はうれしそうに笑う。
ロジーも、羽風指定の外出仕様のワンピースを着ていた。もちろん、胸元のLEDライトが見えないようになっている。
「そうですね。博士とお出かけは初めてです。博士とは家の中でしか過ごしませんから」
ロジーは当たり障りのない相槌を打つ。
「ああ。基本わたしはインドア派だからな。だが、たまには二人でこうやってデートするのも悪くないだろう」
ロジーはその言葉を聞いて首を傾げた。
「デートですか?」
「うん。そう、デートだよ」
羽風は、なんの衒いもなくそう微笑みかけた。
「デートとは親密な男女が愛情を確かめ合う、または深めるためにするものではないのですか?」
ロジーの中では、『デート』の意味はそう定義されている。羽風が今の状況を『デート』と呼ぶには、少々違和感があった。
「そんなことないさ。好きな人とお出かけでききりゃ、それはデートさ。それにね、わたしはロジーと愛情を深めていきたいとも思ってるよ」
羽風のストレートな物言いに、ロジーは特に照れることもなく、「そうですか」と淡白に返した。羽風は少しもどかしい気持ちになる。
「あ、そうそう。今日はこれを渡そうとも思っていてね」
羽風はそう言うと、ロジーに一台のスマホを渡した。
「博士、これは……?」
「スマホだよ。連絡先はわたしとエリカの分が入ってる」
ロジーは連絡帳を確認する――確かに、二人分の連絡先が入っていた。
「しかし博士。なぜこのようなものを?」
ロジーはただ疑問に思った。
ロジーには通信機能もついていて、こんなものがなくても、直接羽風のスマートフォンのチャットに連絡を入れることもできる――ロジー自身にはすでに、スマートフォンとしての機能以上のものを兼ね備えているのだ。
「エリカが、お前と連絡先を交換したいと申し出てな」
羽風はクスリと笑った。
「ロジー自身はスマホ以上の物だが……それをエリカに話すわけにはいかないだろう? だから、人間である設定を守るためにも、ロジーにもスマホを持たせようと思ってな。気に入ってくれたかい?」
ロジーはスマホを見つめる。
「ええ。ですが、こんな高価なもの……」
スマホだって安くない。
それに、月々お金がかかる。
アンドロイドであるロジーにも、それが大変なことは理解できる。
羽風はまったく気にすることなく、大きく笑った。
「おいおい。わたしは天才科学者であり、発明家だぞ。お金の心配などいらない」
「ですが……」
羽風はロジーの言葉を遮るように、ロジーの肩を抱き引き寄せると、ズボンのポケットから自分のスマホを取り出し、すかさずパシャリ、と写真を撮った。
スマートフォンの画面には、楽しそうな笑顔の羽風と、無表情のロジーが写っていた。
「……博士?」
「写真の使い方はわかるか? 今みたいにやるんだ」
ロジーは、もうこれは素直に受け取るほかないと思った。
「……使用方法はひと通り理解しています。ありがとうございます、博士。大切にします」
羽風は満足そうに笑った。「家に着いたら、エリカにもメッセージ入れてやれよ」と、ロジーの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
それから、「んじゃ、デートらしく最初は映画でも観るかなー」と言いながら、また歩き出す。
「…………」
ロジーはそっと自分の頭に触れた。
撫でられた感触が、まだほんのり残っている。
「ロジーは何か観たいのはあるか……って何してるんだ?」
羽風が振り向けば、ロジーはボーッと頭を抱えている。
ロジーはすぐに手を下ろして、首を横に振った。
「なんでもありません。わたしは特に観たいと思うものがありませんので、博士に従います。もしくは、現在上映中で博士の好むものをピックアップいたしますので、その際はお声がけください」
羽風は「ロジーが観たいものが聞きたかったのに〜」と唇を尖らせた。しかしすぐに明るい顔に戻り、羽風はロジーの手を取る。
羽風の右手と、ロジーの左手が絡み合う。
「……博士?」
「デートだからね、手を繋いでいこう」
羽風のその笑顔に、ロジーは釘付けになった。
「……はい。かしこまりました」
ロジーもそっと手を握り返す。握る指先から、羽風の熱が伝わってきた。
――普段は命令に従うことに、何も感じないのに。
映画館に向かいながら、ロジーは羽風の横顔をちらりと見た。
――今日は、胸の奥のほうが、なんだか熱い。
ロジーは、自身にセルフチェックをかける。異常は見つからない。
だが確かに、胸の奥が熱くて、ドキドキしているような感覚があるのだ。
――点検機能自体に不備が……?
そう思ったロジーは、今晩にでも、羽風に修理を依頼しようと決めたのだった。