星
今見ている星は、過去の光だという。
とはいえ、その星の光は星自体が遠くへシグナルをしようとして化学的に運動したわけではない。人が条件を整えて見える光の要素へ分解したからこそ星だと見えるのだ。さらにはその星々を線で結んでしまった。誰も「人にそうしよ」、と命令したわけでも、そうしなければならいと宿命論的に、あるいは悪魔の呪詛の回避のために試みたわけでもない。空だから、夜だから、人がいるその理由の代弁であると神々さえ投影させたのだ。まさに古代のプロジェクションマッピングである。その前提はやはり過去である。その元ネタになっている神話は人よりはるか以前のことである。
彼は見上げた。夜空である。寒々と白い息が立ち上るのはなにせ1月1日だからだ。彼は二年参りの帰りなのだ。
燦燦と星々が、露骨なプラネタリウムよりも如実にうる覚えの星座を喚起する。オリオン座だ。
彼は受験生である。もうすぐ試験となり、それは彼が次の段階へ進むために避けることのできない、なんとも世知辛い制度なのである。
際立ったオリオン座。ふぞろいな台形が短い辺を重ねて倒置しあっている図象。もはやそこに既存の線を結ばないではおられないほどに自己主張の抑制ない星々の位置だった。ちなみにこれを彼は思いはしなかった。彼はただただ光るオリオン座に感嘆していた。受験生たる彼にとって、これまで見たことのない明晰なオリオン座は過去の光ではなかった。
元旦の、二年参りの夜空に見つけたあの形は、ため息ともつかない白い息を吐く彼にとっては未来だった。
なんとはなく彼はジョギングのリズムで走り出していた。