表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/16

第三話:胡族の王弟


 大王(ハガン)ズクライの弟にして西方遠征軍総司令カラツは、十七のリーシェンより年長ではあったが、十歳は離れていないだろう。黒いくせっ毛と、やはり黒い目。いくらか陽()けしているが、(はだ)の色は騎馬民族の男子としては薄い。


 なによりリーシェンがおどろいたのは、カラツが小柄なことだった。おそらく、立って並べばリーシェンのほうが背は高かろう。


 帝国の北半分を焼き払い、百万を超える血を流した猛将だとは、思えない。


「うわさのとおり、いや、それ以上に美しいな」


 カラツも、リーシェンを観察していたようだ。ドゥーロを退がらせた際よりすこし高い、よくとおる声だった。


 貴人に対する礼をほどこし、リーシェンも口を開く。


「はじめて御意をえます、カラツさま。メラム王ヴィホフが娘、リーシェンにございます」

「さっそくだが、用件をうかがおうか」

「食料と水はおわけいたしますので、囲みを解いていただきたいのです」


 単刀直入なカラツの物言いに、リーシェンも思わず本題をいきなり切り出してしまった。

 カラツは愉快げに笑う。


 ははは、と幕屋の外まで聞こえるだろう声をひとしきり響かせてから、胡人の王弟(テギン)は小邦の姫へ視線を戻した。


「ヴィホフどのは城守としても有能であろう。われらはこのとおり野戦の仕度のみ、城壁を破る兵器も、工兵もない。籠城していれば、そちらの食料が尽きるよりも、このあたりから馬に食わせる草がなくなるほうが早かろうに。そうなれば、われらは移動するしかない。――なぜ急ぐ?」

「わたくしには、戦ごとはわかりかねますゆえ。ヴィホフより、殿下へご提案をするよう言づけられているのみでございます」


 うそである。リーシェンはいくらか兵法に心得があった。カラツの言葉に裏がないことも、ここへたどり着くまで、それとなく陣営のあちこちを眺めてきたのでわかっている。

 彼らは、メラムを攻め落とせると思ってやってきたわけではなかったのだ。


 カラツは楽しげに話をつづける。


「ヴィホフどのの提案とは、なにかな」

「西か、南か、殿下がお望みの方面へ、土地に(くわ)しい者を案内役として手配できます」

「補給と道案内、その便宜と引き替えに、対等の同盟を結べ――と?」

「ご賢察いただき、痛み入ります」


 頭を下げて視線を隠したリーシェンに対し、カラツは裾を払って豪奢な座を立った。


 リーシェンのかたわらまで進み出てきたカラツは、存外に人なつこそうな顔で問うてくる。


「リーシェンどのは西と南、どちらに精しい?」

「……いえ、わたくしは、いずれも精しいというほどでは。母がマリガンタの出身なので、西には二度ほど行ったことがありはしますが」

「そうか、では西にしよう」


 カラツがなにをいっているのかわからず、リーシェンはぱちくりと目をしばたたかせた。


「殿下?」

「兄ズクライは、メラムが進んで城門を開き、われらに降ったと知れば、かならずそなたの身を求める。帝国(カタイ)の皇帝が後宮へ迎え入れようと望むほどのそなたの容色、うわさに毫も(いつわ)りはなかった」


 とまで述べて、手を伸ばしてリーシェンのあごを撫で、おとがいをつまんで顔を上げさせる。


「私は今日まで兄の命にのみ従い、戦果のすべてを捧げてきた。だが――そなたを、すくなくともタダでは渡したくない」


 鷹のように鋭い眼だった。だがその深奥には、これまで他者に心を許したことのない若者が、はじめて自分以外の人間を求めるゆらめきがあった。


 リーシェンは才気煥発とはいえまだ十七、カラツの存外に繊細な心理の機微まではわからなかった。

 ユン婆さんなら察したかもしれないが、公主のななめ後ろで控える老女には、カラツのまなざしが注がれてはいない。


「わたくしに同道をお命じなさいますか」

「ここにおいていけば、私が征旅に就いているあいだに、兄がそなたを連れ去るだろう」

「わたくしが殿下のお伴をすることで、大王(ハガン)のご不興がわが父へ、あるいはメラムの(まち)へ向かうことはございませんか?」

「メラムの城市、その民、ヴィホフどの、出入りする商人にいたるまで、だれにも手出しはさせぬ。そなたはわれらとメラムの友好の(あか)しであり、征旅に不可欠な案内人だ――ということにする」


 カラツの示した絵図に乗ることを、リーシェンは決意した。人質になる覚悟は最初からしていたことだ。ズクライか、その弟か、大したちがいではあるまい。


 大王(ハガン)がどんな人物なのかはわからないが、王弟(テギン)は、こうしてしばし言葉を交わしてみたぶんには、話のわかる人物のようでもあるし。



モチーフ明確な馬賊軍団ですが、地球の歴史とは改変点が多くなっています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ