7.もっふもっふ
朝になった。
フィリアが目を覚ますと、向かい側にリュカが寝ている──
フィリアはがばりと起き上がった。
「リュカ……寝ている時は狼の姿なんだ!」
リュカはベッドからはみ出さんぐらいの大きな狼の姿に戻っており、すやすや寝息を立てている。
聖女はベッドから降りると、そうっとリュカの首の辺りを撫でた。
ふわふわの毛。
昨日は色々とせわしなかったので、フィリアはリュカに乗った時など、毛並みなど気にしなかった。
けれど時間に余裕のある今朝は、その毛並みにうっとりと目を奪われる。
フィリアは両腕で彼を撫でさすった。
それでもやはり飽き足らず、聖女はふわふわの首元に顔をうずめる。
「うわー、あったかーい……」
その時だった。
「わっ、びっくりしたぁ」
少し身をねじるようにして、リュカは少女から転がり逃れた。
ふわりと風が吹いて、リュカはベッドの隅で獣人の姿になる。
「おっ……驚いたぁ!」
「だって……獣のリュカ、あったかそうだったんだもん」
「ん?もしかしてフィリアはこれにも癒されたりする?」
「うん。とってもいい気分だったわ」
するとリュカはふわりと狼の姿に戻った。
「その調子でどんどん癒されるがいい」
「うーん、ふわふわの毛足……気持ちいい……ぬいぐるみみたい……」
「ずっと狼の姿の方がいいかな?」
「うーん。でも、人型のリュカの顔も好き」
「顔……」
「あなたの顔、きれいだもの」
リュカは再び人の姿に戻ると、ベッドに腰掛け深刻そうな顔で押し黙る。フィリアは彼の表情に少し思うところがあり、こわごわ彼の隣に座ると居住まいを正した。
「……ごめんなさい。好きになって欲しくないなら、好きにならないようにするわ」
リュカは悩まし気に額を掻きむしる。
「ぐっ……何て答えるのが正解なんだ……?」
「ごめんなさい!私、また変なこと言った?」
「……いや、いいよ。俺のこと、す、好きで……」
「ありがとう、リュカ」
「……あー、もう……」
リュカはくらくらしながら立ち上がった。
「そうだ。ちょっと、旅に出る前に聖堂で話しておきたいことがある……ついて来て」
フィリアが立たされたのは、聖堂内のモザイク画の前だった。
ひざまずく狼獣人に、女性が手をかざしている画だ。
「フィリア、これを見たことは?」
「ないわ」
「この絵にある白い髪の女性は、千年前、君と同じように人間界を追放された聖女なんだ」
フィリアは胸を押さえる。
「……そうなの」
「この狼獣人は、俺みたいに聖女に仕えることになった神官だ」
「へー。そのまま、今の私達じゃない。まるで歴史を繰り返しているみたい」
「どうやら、そうらしいんだ。千年前に作られたこの絵と全く同じことが、今起きている──」
フィリアとリュカは見つめ合う。
「……この聖女はそれからどうなったの?」
「次のモザイク画で説明するよ」
次のモザイク画では、聖女は泉に浸かって輝いている。
「水に入ってるわね」
「この表現がモザイク画における限界のようだが、どうやらこの泉は温泉らしい」
「これが温泉なのね!」
その次の画に案内されると、フィリアは途端に暗い表情になる。
狼は剣に貫かれて殺され、聖女は大勢の兵に連れて行かれてしまう。
「……ひどい」
「どうやらこの狼は聖女を守り切れなかったらしい」
「じゃあ、その内リュカも……?」
「そうならないように、早急に癒しの力を取り戻そう」
次の画では、大小さまざまな獣人と人間とが戦っている。
「すごい迫力ね」
「どうしてもこっちに目を奪われるが……フィリアにはここを見て欲しい」
人間の集団の背後に、聖女の姿がある。
彼女は剣で貫かれながらも、輝いている。
「これは、どういうことなの?」
「伝説によると、聖女は殺される前に癒しの力を取り戻していて、それを獣人たちのために使ったそうだ」
「人の剣に貫かれても、獣人の味方をしたのね」
フィリアには、かつての聖女の気持ちが分かってしまう。
最後のモザイク画では、聖女は目を閉じ、城の中で輝いていた。
「結局、この狼頭の聖女は死んで〝聖女の器〟になった。そして人間界の城を、今でも守り続けている」
「そう……そんなことが」
フィリアは聖女らしく目を閉じ、胸の前で手を組むと祈りを捧げた。
「フィリア」
リュカが静かに言う。
「俺たち獣人は今度こそ、君を助けたい」
フィリアは目を開ける。
「……私もあなたたちを助けたいわ。どうやればいいのか、よく分からないけど」
「色んな場所へ行こう。フィリアはずっと幽閉されてたんだろ?」
「前から気になってるんだけど、なんでみんなそれを知ってるの?」
「前の聖女様もそうだったからだ。きっと今回のフィリアもそうなんだろうとあたりをつけて話している」
「……そういうことなの」
「違ったら、違うって教えてくれ。それも参考資料になる」
「分かったわ」
「さてと……」
リュカが、気を取り直すようにぱんと手をひとつ打つ。
「次はどこに行く?」
「そうねえ」
フィリアはパラパラとウルフ・トラベラーズ・ガイドをめくった。
「海の方の、温泉がいい!」
「そこに行くまでには大分時間がかかるから、もう少し手前で一旦温泉に入ろう」
「うーん、手前ねぇ……」
フィリアはあるページに目を留めた。
「ん?兎の里の聖女祭り……?」