表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/53

6.温泉って何ですか?

 温泉という言葉を聞いて、フィリアは即座に尋ねた。


「温泉……って何ですか!?」


 エメは呆然とする。


「温泉は温泉だ。地中から湧いて来る湯であるが、皆これを風呂として使う」

「へー、お風呂なんですか?」

「……おい、リュカ。説明してさしあげろ」


 リュカは困った顔で聖女に告げた。


「要は、野外のお風呂ですね」

「でも外でお風呂なんかに入ったら、すぐに体が冷えるわ」

「それが冷えないんですよ。体の芯から温まるんです」

「そうなの?面白いお風呂ね」

「世界各地にあります。私もこの本に書いておりますので、一度お読みになってはいかがですか?」


 フィリアは早速、手渡されたウルフ・トラベラーズ・ガイドを読んだ。


「へー、地中から湧くお湯……色んな効能があるのね」

「そうなんです。薬湯に近いものがありますね」

「温泉の湯には癒しの力があるのね?」

「そういうことです」


 エメが二人に割って入った。


「そう、温泉は人の体を効果的に癒すものなのだ。食事や娯楽もいいが……これが一番聖女に癒しを与える」

「そうなんですね。知らなかった~」

「何せ童話には出て来ない題材ですから、フィリア様が知らなくて当然ですよ」


 フィリアはガイドをじっくりと読み込んでいる。


「……と、まあ今日はこの辺にせんか。みんな、そろそろ寝た方がいいだろう」


 エメはそう言うと、リュカに問う。


「お前も疲れたろう。今日のところは家に帰れ」

「はい。ではフィリア様、また明日……」

「あ、ちょっと待ってリュカ」


 フィリアは彼を呼び止めた。リュカは面食らっている。


「はい……?」

「リュカ、一緒の部屋で寝ましょうよ。私、あなたがいないと不安で」


 リュカは困惑し、エメは深刻な顔でフィリアを見つめている。


「ふむ、なるほど……聖女様は幽閉されていたので人間関係に疎く、異性との距離感がないのだな」


 リュカは少し肩を落とすと、長老に視線を戻した。


「そうですね。一度、その辺りを教えておかなければならないかもしれません」

「リュカよ、今夜はどうする?」

「やはり、私も聖堂に泊ります。旅に出る前に一度、きちんと聖女様と膝を突き合わせて話し合っておきましょう」

「そうだな、それがいい」


 リュカはフィリアに告げる。


「フィリア様。癒しの旅に出るにあたって、二人の決まり事を作りましょう」

「決まり事?」

「はい。フィリア様は長らく幽閉されており、社会に出たことがありません。ですから、外に出て危ない目に遭わないように、お互いに守るべき約束事を決めておくのです」

「ふーん?どんな決まりかしら」

「とりあえず、話し合いはこちらで」


 三人は聖堂中央から裏手に入り、休憩室に入る。


「まず申し上げておきたいのは、我々にはそこまで資金がないということです」


 フィリアは頷いた。


「そういうわけで、これからの旅の宿では、我々は一緒の部屋に寝泊まりします」


 三人はそれぞれベッドに腰掛けた。


「宿はだいたい、このような部屋になっています。一室につき、ベッドが二つです」

「そうなのね」

「それぞれ、夜は別々のベッドで寝ましょう」

「分かったわ」

「それでですね、問題は着替えなのです」

「着替え?」


 フィリアは首を傾げる。


「はい。着替える時は、お互いの姿を見ないことにしましょう」


 フィリアはこくんと頷いた。


「分かったわ。でも、何で?」

「私は裸を見られるのが恥ずかしいのです」

「上半身裸なのに?」

「えーっと、下半身を見られるのが恥ずかしいのです」

「ああ、そういうことね……って、さすがに私もそれが恥ずかしいことぐらい、分かります」

「そうですか、なら大丈夫そうですね……」


 リュカはほっとした表情を見せた。


「でもほら、リュカは獣人だから」


 その言葉に、リュカの表情が少し曇る。


「余りそういう感情を持たないのかなーって思っていたの。でも、私たち人間と同じように羞恥心があるのね?」

「……そうです」

「私、あなたは誠実だって信じてるわ。だから同じ部屋でも平気よ。さっき同じ部屋でって言ったのは、こういうことを言いたかったの。驚かせてごめんなさい」


 それを聞くや、リュカはくすぐったそうに笑う。


「……ありがとうございます」

「だからね、もう敬語はいいわよ。お互い旅に出るし、対等に行きましょう」


 エメも隣で聞きながらにやりと笑う。リュカは困った顔になる。


「はあ……」

「敬語はまどろっこしいわ。それに……」


 フィリアは少し言い淀んでから続けた。


「私、あなたともっと仲良くなりたいの」


 フィリアは人に心情を隠すことを知らないのだった。真っ赤になったリュカに、エメが耳打ちする。


「……やはり、〝伝説〟は繰り返すのか?」


 リュカは首を縦に振る。


「……かもしれません」

「となると、このままだとリュカは──」


 彼は考え込むようにうつむいた。


「引き返すなら今だぞ」


 リュカは無垢な瞳のフィリアをじっと見つめる。


「……聖女様の護衛に選ばれた時点で、覚悟は出来ています。私は聖女様を助けます」

「……そうか」


 エメは静かに神官を見守った。リュカは気を取り直すように聖女に微笑む。


「では、フィリア様。今日のところは休みましょう。明日からよろしくお願いします」

「リュカ、敬語……」

「フィリア。今日は休んで明日に備えよう」

「分かったわ。おやすみ、リュカ」


 エメが静かに退出し、聖堂内で狼獣人と聖女は二人きりになる。


 聖女は初めて、ふわふわのベッドでゆっくりと眠った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「となると、このままだとリュカは──」 あっ……(察し)。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ