53.エピローグ
あれから一年後。
狼獣人の住む城塞都市イレオンの片隅に、小さな診療所が出来た。
診察室でフィリアは言う。
「次の方、どうぞ!」
狼族の母子がやって来る。どうやら子どもが怪我をしてしまったらしい。
「どれどれ……」
〝透過〟の視線で、患者の腕の中を透視する。
「ちょっと複雑に折れてるわね。手術しましょう」
「今日ですか?」
「ええ、今日」
リュカがやって来た。
「今なら時間に空きがある。手術出来るよ」
「じゃあ治しましょう。頑張ってね」
狼の子はリュカに連れられ、手術室に連れて行かれた。
狼神官は医療従事者でもあるそうだ。リュカは幼少の頃から外科の訓練を受けていたので、こういった手先を使った小規模な医療行為には意外に手慣れていた。狼族の神官は皆、手先が器用らしいのだ。
骨を綺麗に整えたら、あとはフィリアが癒して傷を治す。
「次の方、どうぞー」
「最近、ひどい眩暈が……」
「どれ、ちょっと見せて?〝能力開示〟」
弱点は〝三半規管〟にあると出た。
「脳に異常がないから、これは恐らくメニエール病かしら」
「そうですか」
「両耳を癒しておきます。繰り返すようなら、その都度来てね」
二人は共に町医者を営んで暮らしていた。
たまにいい効能の温泉があると聞いて出向いては、フィリアは更なる特殊能力を得ていた。〝透過〟の能力も、鷹族の山の温泉で得たものだ。
かつて逃亡のために使っていた能力や温泉は、今では人の不具合を治療する役に立っている。
午後の診療を終え、フィリアは夕餉の香り漂う狼族の街の屋台に出向く。妖精ランプの揺れる明かりの中、まず向かうはライスボールのお店だ。フィリアはオムライスボールとかやくボールを買った。それから惣菜屋台に向かい、辛口のササミ&蓮根サラダを購入する。
リュカの分も。
「お待たせー!」
二人は医院の中庭のベンチに並んで座り、妖精ランプで明かりを取り、ほっとした表情でライスボールを齧る。
「いただきまーす」
「あー、ここのライスボールは美味いなぁ」
「来週から栗おこわと帆立飯が新発売だって」
「来週からはそっちを買おうか」
「うん!」
「あ、そうだ。こんなのが来てたぞ」
リュカがひときわ派手な封筒をフィリアに差し出した。フィリアは目を輝かせる。
「あっ!エドとニナの結婚パーティの招待状が来たの?」
「意外と結婚まで早かったな」
「お父様も来るらしいから気が向かないけど……エドとニナのためだもの、行くわ」
「俺がついててやるから、大丈夫だよ」
「そうね。私もう、ひとりじゃないし」
今度はサイドテーブルに置かれている新聞を広げた。
「聖女協定に猪獣人も加盟、ですって」
あのエレンが、猪王を説得して加盟の運びとなったらしい。
「あんなに人間を嫌がっていたのに、何が起きるか分からないもんだな」
「そうね、これは意外な展開だったわ」
「多分、フィリアのおかげだよ」
「まあいいわ。世の中が、どんどん良くなってくれるなら……」
「そういえば、エドが言ってたよ。各都市の要請を受けて、ボドリエ家がそれぞれの場所へ散らばったみたいだな」
フィリアは、初めて親族の動向を聞いて微笑んだ。
「そう……」
「癒しの力は人間だけのものじゃなくなった。聖女が変えたんだ、世界を」
「そうね、今まさに変えるところだわ」
言いながら、フィリアはぺたんこのお腹を撫でた。
たまに透過の能力で自分のお腹の中の様子を眺める。
指先ほどの狼姿の赤ん坊が、ぐるぐる体勢を変えている様子が見えるのだ。
とっても可愛い。
「おい……あんまり魔力を使い過ぎるなよ。明日も診療なんだから」
「えへへ。だって……自分たちの子どもは可愛いもの。見て癒されるからいいでしょ」
「いいなー。今どんな感じ?俺も見たい……」
「パパは、出て来るまで待っててよ」
「……いいなー」
狼族の子は、子犬ぐらいの大きさで産まれて来るそうだ。お産は非常に軽いと狼族の女性から聞いた。それも彼女の喜びに拍車をかけていた。フィリアは微笑みながら、隣り合うリュカの肩に頭を乗せた。
生きるということは、好きなものを増やすことだ。
死ぬまでにどんどん増えて行ったら、これほど幸せなことはない。
「なぁ、子どもが産まれたら、また温泉に行こうよ」
とリュカが言う。
「いいわね!また旅に出るの?」
「聖女の血を引いている子どもたちなら、あの温泉に入れば特殊能力が手に入るだろ」
「そうね。やっぱり、何らかの力を残してあげたいものね」
「今度の旅は、家族旅行だな」
「楽しみね、リュカ」
フィリアの癒しは、もう誰かから貰うものではなくなった。
フィリアは誰かから渡された愛を、これから全ての人に分け与えて行くのだ。
世界は、いい方向に変わり続ける。
皆が皆に、分け与えながら生きて行く。
癒しは誰かに与えた時、最も心が満ち足りるのだから。
二人は寄り添って夜空を見上げた。
空には、星がふたつ瞬いている。
最後までお読みいただきありがとうございました!
ブックマーク、感想や★評価、レビューなどいただければ作者は泣いて喜びます(★評価欄は↓ページ下部↓にございます)ので、よろしくお願いいたします。
それでは皆様、今度はまた違う物語でお会いしましょう♪




