51.あなたと生きて行く
猫獣人の儀式形態に則って、聖女セシリアの葬儀は進められた。
新たにもっと立派な墓石を用意しようという声もあったが、フィリアとリュカはそれをどうにか止めた。
「自分達がもしこうなった場合、そのように派手にされてもただ悲しいだけだと思う」
という説得が効いたようだ。
骨壺が入るほどの穴を、猫獣人たちが掘る。猫神官は神聖な植物の葉を、聖水に濡らして周囲に振りまいた。
巨大な結界を張っていた聖女の最後の姿は、小さな壺の中に。
フィリアは涙を拭う。
余りにも悲しい最期だった。何度思い返しても、涙が止まらない。
夕陽は既に水平線に潜り込み、空には星が瞬き始める。
フィリアは祈りながら、静かに千年前ここに来た、二人の名を呼んだ。
「……セシリア、サシャ」
その瞬間。
──セシリア。
──サシャ。
フィリアは驚いてリュカを見上げた。リュカとふと目が合い、二人はじっと互いの顔を見つめる。
「フィリア、今……」
「あれ?私はリュカが喋ったのかと……」
葬列の猫獣人たちも、何か聞こえたらしく虚空を見上げる。
その二つの声は、満天の星空に向かって高く昇って行く。
──セシリア。
──サシャ。
こだまするように、空間に染みわたって行く男女の囁き。
彼らの姿はもう、目には見えない。
その瞬間、フィリアは悟った。
千年前の悲劇はようやく、終わったのだ。
もう、彼らは姿を現して何かを訴えることもない。
二度と。
「……よかった」
そう言ったフィリアの肩を、無言でリュカが抱く。
「よかった、二人とも……ようやく会えたんだわ」
猫獣人はしんみりしながらも、互いの平和な生活を思いながら、どこか満足げに歩き出した。
皆、追悼の火を灯した、それぞれの家庭へと帰って行く。
「俺たちも、行こうか。聖女の宿へ」
「うん」
聖女と護衛は葬儀を終え、連れ立って歩き出した。
聖女の宿では既に夕食の準備が整えられていた。
船の形をした皿の上には、豪華な刺身の盛り合わせが華やかに詰まっている。カラフルなびいどろガラスの小鉢には、それぞれイカの酢味噌和えや胡麻豆腐、ところてんなどが乗っていた。
汗ばむ陽気になって来ていた猫の島でひんやりとした食事が、つるりとフィリアの口の中で溶けて行く。
「はぁ~おいしいー……って、辛!」
「フィリア。それワサビって言うんだよ。そんなに刺身に乗せたら駄目」
「どうやって食べるの?」
「その、醤油っていう赤い液に溶かして食べるんだよ」
「へー、知らなかったぁ」
「全く……フィリアは、まだまだものを知らないんだな」
ふふ、と笑ってから、フィリアはぼうっと目の前のリュカを眺めた。
以前ここに宿泊した時、彼は言ったのだ。
〝ずっとフィリアと一緒にいたい〟
フィリアは食べながら漠然と考える。
リュカと暮らして行くこと。
リュカと生きて行くこと。
それはどういうことで、どんな生活なのだろうか。
フィリアは人間界に帰る気はさらさらなかった。
出来れば、獣人界のどこかで暮らして行きたかった。
(私が彼に出来ることは、何だろう)
癒しの力。
それを今後、世界でどのように活かせばいいのだろう。外界のことや仕組みを何一つ知らないフィリアには、ある一定の場所で考えが止まってしまうのだった。
「フィリア」
リュカの呼びかけに、フィリアは顔を上げた。
彼は神妙にしている。
「これからのことなんだけど」
フィリアは顔を赤くした。
「前、ここで言ったことは覚えてる?」
フィリアは頷いた。
「忘れないよ。リュカがずっと一緒に居たいって言ってくれたこと」
「……そう」
リュカが照れ臭そうに笑う。フィリアはその笑顔に、もやもやしていた胸を貫かれた気がした。
嬉しそうなリュカ。
とにかく長く、その表情を眺めていたい。
「ねえ、リュカ」
フィリアの心は決まった。
「出来るだけ長く、リュカと一緒にいるにはどうしたらいいんだろう」
リュカはその言葉を〝生業の模索〟と受け取ったらしい。
「職業を持つといい。その癒しの力を生業にしたらいいんじゃないか?」
「癒しを、職業に?」
「前から言ってるが、獣人はその癒しの力を、喉から手が出るほどに欲してるんだ。それに、君の親族も皆それで生計を立てて来たんだろ?」
「……そうね」
「病院とか診療所とか、収益化出来る仕組みを考えよう。俺も手伝うから」
「そっか。となると──〝場所〟が必要よね?」
リュカは、ふと何かに気づいて顔を上げる。
「……フィリア、それって?」
フィリアはどぎまぎしながら、思い切って告げる。
「一緒に住みましょう、リュカ」
リュカは呆然とフィリアを見つめる。
それから、むず痒そうに笑った。
「……そういうことは、こっちから言うべきだったかな」
「ううん、私が言いたかったからいいの」
世間をほとんど知らないフィリアには、順序だの儀式だの性別の役割だのにこだわりや固定観念はなかった。
ただ、好きな人と長く一緒に居たい。
それしか頭になかった。
リュカはフィリアの真っすぐさにたじろぎながら、ふと一抹の不安を抱いて尋ねる。
「あ、あのさ」
「何?リュカ」
「こんな話、今まで全くしてなかったんだけど……フィリア、〝結婚〟って知ってる?」
フィリアは嬉々として前のめりになった。
「二人が末永く幸せに暮らすこと、でしょ?知ってるよ」
「それもそうなんだけど……制度としての〝結婚〟のことは分かる?」
「末永く幸せに暮らす制度があるの?どんな仕組みなのか教えて?」
リュカは悩まし気に頭を抱えた。




