49.人間は何度でも恋が出来る
獣人族の間で話し合いを重ね、ダントンの王の監視役が決まった。
これで晴れて、フィリアは自由の身となった。
フィリアはようやく心を固め、リュカに会いに行く。
彼はエメについて忙しくしていた。狼族も、人間との和解に向けやるべきことが色々あるようだ。
獣人が行き交う城の中、やはりフィリアは置いて行かれたような気持ちになる。
が、遠くから彼女を見つけて走り寄って来るリュカを見た日には。
「フィリア!」
リュカは凄く嬉しそうに手を振ってやって来る。フィリアは頬を染めた。
「フィリア、もう大丈夫なのか?」
「ごめんね。ちょっと色々……疲れちゃって」
「いいよ、全然。今、時間ある?」
「うん」
「景色のいいところを見つけたんだ。フィリアにも見せたい」
遠くで、エメと他の狼族がにこにこと二人を見守っている。
二人は城の最上階へと歩いて行った。
恐らく世界で一番高い建築物のてっぺんで。
かつて兵士が獣人を監視していたと思われる物見塔に、二人は立っていた。
ここから一番近い、狼族の城塞都市が遠くに見える。
それをじっと見つめ、フィリアはなぜか泣けて来て目をこすった。
「……フィリア?」
「ごめんなさい。最近、ちょっと情緒が不安定なの」
リュカはなるべく彼女の気に障らないように、遠巻きにした。
「色々、あったもんな」
「私、今ちょうど空っぽになってるみたいなの」
「あー……塞ぎ込んでいたのは、そういうわけか」
「みんなからすると全部終わった感じなんだろうけど、私からすると全部いちからやり直しなの」
「……」
「自分が何をどうすればいいのか、分からなくなってしまって……」
リュカは全てを受け止めて微笑んだ。
「フィリアは何がしたい?」
「それが、あんまりなくって……そうね。今は早く聖女セシリアを弔いたいわ。サシャと同じところに埋めてあげなくては」
「とりあえず、猫の島に行ってみる?」
「いいの?」
「いいよ。聖女様のためだって言えば、今は何でも通る時期だから」
フィリアはぽかんとするが、リュカは真剣な表情になった。
「みんな、フィリアが自由の身になるのを望んでる」
「……」
「でもフィリアはみんなに自由であれと言われることを、正直負担に感じていたのかな」
フィリアはごくりと唾を飲んでから、こくこくと頷いた。
「……そうみたいなの」
「やっぱそうか。なら一度城から出て、衆人環視から解かれた方がいい」
「そうね」
「……というのは建前でさ」
「?」
「すぐにでもみんなの聖女様を隠して、独り占めしたいだけなんだよ、俺」
フィリアは呆気に取られてから、くすりと笑った。
「何それ」
「何って……独占欲だよ」
リュカに遠慮なく我儘を言われるのは、初めてのような気がした。
「独占……していいよ」
「よしっ、じゃあとっとと出発しよう!」
「えっ!?」
「俺、またフィリアと旅がしたかったんだ。聖女様をお守りする逃避行は──しんどかったけどさ、全てが終わった今は、凄くいい時間だった気がするから」
フィリアは目を輝かせた。
自分と同じような思いを、リュカも持っていたのだ。
「今度は自分達の行きたいところに行こう。それが自由ってやつだ」
「自分の選んだ人と?」
「……」
フィリアの言葉を、リュカは静かに分析する。
「……あんまりこういうことは言わない方が、二人にとってもいいんだろうけどさ」
その前置きに、フィリアはどきりとする。
「狼族と違って、人間は何度でも恋が出来る」
彼は覚悟を持ってそう言ったのだろう。その寂しげな金色の瞳を見て、フィリアはきゅうっと胸が痛んだ。
「……ごめん。前の俺はフィリアに嘘をついた。本当は、人間は狼と違って何年かすると恋から醒めるし、相手を次々変えることも出来る。だから、別の人のところへ行ったっていい。俺に縛られなくてもいいんだよ」
そう言い切った瞳は決意の色をたたえてはいるが、悲しいくらいに怯えている。
フィリアは愛しさと哀れさがないまぜになった感情に任せ、リュカにこう告げた。
「私、今はリュカと一緒に居たいの」
リュカはぽかんとしてから、顔色を取り戻して頷いた。
「未来のことは、私にも分からない。けど、今はあなたと一緒にいたいの。それじゃだめかな」
リュカは静かに首を横に振った。
「……いいよ」
「私の気持ちも、自由にしてくれようとしたのねリュカ。自分に不利になる発言だと分かっていたとしても」
「……」
「だから、リュカが好き。今までも……きっと、これからも」
「……ありがとう」
数日ぶりに抱きしめられ、フィリアの心が再び温められる。
かつての苦しい旅路を背景にして、二人は静かに口づけを交わした。
ここからは、あの海は見えない。
聖女セシリアは、今、何を思っているのだろうか。




