48.ダントン温泉お悩み相談室
何と、温泉は城内に湧き出ていた。
美しい陶器タイル張りの広々としたバスルーム。天井には天使の舞う絵画が描かれている。老王オデロンもこの湯を楽しんでいたと言う。無論彼は温泉が聖女に力を与えるなど、知らないで入っていただろうが。
「これもなかなかにいい湯だな!」
体を洗い終えたニナは、湯船から湯を溢れさせて天井を見上げた。
「聖女様、天使がこっちを見下ろしているぞ。一瞬、鷹族かと思ったがな!」
あはは、と笑い声を室内に響かせたニナだったが、フィリアは悲し気に水面を見つめている。
「ん?どうした、聖女様」
「いえ……」
「私たちの間に遠慮は無用だぞ。何かもやもやしていることがあるんだったら、ここで喋って心を軽くするといい」
フィリアは驚いて顔を上げる。ニナは微笑んだ。
「それも〝ガールズ・トーク〟の要素のひとつだ」
フィリアは困ったが、確かにこの晴れない心を自分だけで解決するのは難しいと判断した。
「私、これからどうしたらいいのか急に分からなくなってしまって」
ニナは深く頷いた。
「ふむ。結界が解け、人と獣人が協定を結び、聖女様は自由の身になった」
「……」
「急に全てがまっさらの真っ平になって、何をすべきか見失ったのだな?」
「えーっと……それも、そうなんですけど」
フィリアが顔を赤くしたので、ニナは察した。
「ははーん。さてはリュカと何かあったな?」
「……」
「確かにあれは聖女を逃がすための護衛だったからなぁ。もうお役御免なのか?」
「……そういうわけじゃないわ。でも……」
「でも?」
「人間と獣人が仲良くなったら、きっと私の方こそお役御免なのよ。私は獣人族と切り離される。みんな聖女の悲劇を忘れ去るわ。きっと、私とリュカとの関係も変わってしまうはず」
ニナは感じ入るように、自らの顎をさすった。
「聖女様。そう決めつけるのはどうかと思うがなぁ……リュカの前で同じことが言えるか?」
「きっとリュカにこのことを話しても、本人は否定するだろうし、理解出来ないと思うの」
「……なぜ私にはそれを話せたのだ?」
フィリアは目をこする。
目の前には、自分そっくりな少女。
聖女を逃がすために据えられた、兎の里の女王──
「……あなたも、重圧を背負って生きていると思ったから」
それを聞くや、ニナはふっと笑って見せた。
「その重圧が、心地いいのではないか」
フィリアはそれを聞いて目を三角にする。
「なっ……!強がってるわ。里のリーダーだなんて、本当は辛いはず──」
「聖女様。先程あなたはその口で、重圧を降ろして自分の存在意義が分からなくなったと言っていた。ということは、聖女様も重圧を心地いいと思っていたはずなのだ」
「……!」
「我々は重圧あればこそ、自分の存在意義を感じていたのだ。それは案外気分のよいものだ。だから、聖女様が今しがた言ったことはよく分かるぞ」
「ニナ……」
「で。重圧を取り払われ、聖女様はどうする?という話だが」
フィリアの背中が伸びる。
「……はい」
「難しいことを考えず、これからは好きなことをやって好きに生きればいいだろう。以上!」
「……」
ニナは思い詰めている聖女を眺め、色々と察してやれやれと首を横に振った。
「好きなことがないのか?」
「……そう……みたい、です」
「それは今から探すしかあるまい!そしてそれを見つけるために、今までリュカは聖女様を連れ回していたのではなかったか?」
フィリアは水面にかつての記憶を映した。
二人で辿った旅路。死にそうになった経験。惹かれあった記憶。
湯水のように、それはフィリアの心から溢れた。
「好きなことを探す……」
「そうだ。今までは〝好きなこと〟を探す期間だったのだ。これからは〝好きなこと〟をするための旅が始まる」
「〝好きなこと〟って重圧よりいいものなのかしら」
ニナはやれやれと首を横に振った。
「嫌だなぁ聖女様。我々は聖女様を自由にするために頑張っていたのだぞ?」
フィリアはどきりとして胸をおさえる。
「そうか……そうよね……」
「人間にひどい目に遭わされているあなたのためだからこそ、皆頑張ったのだ。彼らの頑張りをあなたが否定してどうする」
「……」
「自由を恐れるな。自由に飛び込んで自らの人生を探すのだ」
熟考するフィリアの腕をむんずと掴むと、今度はニナが顔を近づけて来た。
「ところで聖女様。こっちこそ、聖女様にお悩み相談があるのだぞ!」
フィリアは我に返り、居直った。こちらの重い話を聞いてもらったのだ、あちらの話を聞く義務もあろう。
「は、はい。何なりと……!」
ニナは聖女の快諾に興奮気味に頷くとこう尋ねた。
「エドはどんな女が好きなのだ?」
フィリアは固まった。
「……は?」
「どんなに口説いても、ちっともなびかないのだ!これは何か、こちらに欠点があるからに違いない!」
「……?」
「心当たりがないなら、是非聞いてみてくれ。こっちは真剣なのだ!」
「!」
「兎の里の王に迎えよう。そして……癒しの力を手中に……!」
「多分、その妙に実利的な理由の数々が兄を遠ざけていると思うのですが……」
「……何だと!?それはまことか?」
「恋愛は条件でするものではないはずですよ」
ニナは悩まし気にこうべを垂れると、はっと顔を上げた。
「そうだ、この温泉の効能を使えば……!」
「……この温泉にも、聖女の能力を開花させる力があるのですか?」
「この温泉は〝能力開示〟の能力を得ることが出来るのだ」
「〝能力開示〟?」
「ああ、相手の能力や弱点が分かるぞ!ということは……」
ニナは聖女の両肩を掴んだ。
「エドの弱点を調べ上げてくれ。きっとそこに、異性に関する弱点があるはずだ!」
「そんな卑怯な手を使わずに、自分でどうにかなさってください」
「聖女様……そんなこと言わずに……!」
ガールズ・トークはまだまだ終わりそうもない──




