42.獣人会議招集
兎の里から、早速獣人会議の招集を行うことになった。
リュカは狼に変身し、遠吠えで伝令した。
遠吠えが、次々受け止められ、連なって行く。様々な獣人の応答が空気中で混ざり合い、周辺には切迫した空気が漂った。
エドはそれをつぶさに見て、顎をさする。
「ふーむ。獣人にこんな便利な能力があるとは」
フィリアが応える。
「人間が多くの人に何かを伝えようとすると、かなり時間がかかるわね」
「何でも遠吠え一発で伝わるのは、羨ましいな」
と同時に、獣の気配が近づいて来る。
すぐにやって来たのは鷹の獣人。空を飛んでいるので、どの獣人より早く兎の里に辿り着く。
「おっ、あんたが聖女か。他の獣人も運んで来てやろうか?」
「ありがとうございます!そうしてもらえると助かります」
鷹獣人はそれを聞くや飛び立って、方々から様々な小動物の獣人を連れて来た。
全員が集まるまで、二~三日はかかった。
最後に猫獣人がやって来ると、会議室の円卓は獣人でいっぱいになった。
その中には狼獣人代表のエメと、獅子獣人代表のシリウスもいる。
議長は、招集をかけたニナだ。
「さて、今回集まって貰ったのは、皆にそろそろダントンの結界が破れるということをお伝えしようと思ってな。ここにいるエドという人間が、情報を持ってやって来た。彼は聖女の兄。つまり彼も、癒しの力が使えるボドリエ家の一族なのだ。彼は妹を助けるためにここまで来た。ほれ兄よ。言いたいことがあったらこの場で言うのだ」
会場がざわつく。エドは見慣れない獣人らを前に、はっきりと言った。
「初めまして、エドと申します。聖女の兄です。ええっと、先程の説明にもあったように、これから聖女の力の奪い合いは激化すると考えられます。それから……癒しの力を使えるのは人間でもボドリエ家の血族だけです。僕の血族は、これからも人間界のために聖女を輩出しなければならない。僕にはそれが我慢ならないのです。人間界の結界のために犠牲になる血族を出さず、どうにか獣人と共生出来たらいいのに、と考えています。その一番いい方法を、皆で考えられればいいと思って」
議場がざわつく。シリウスが言った。
「人間の方から変わって貰えないと話にならない。獣人を攻撃し、聖女を殺しているのは人間の側だ。我々から動いてもどうしようもないんじゃないか」
議場の空気が、シリウスの意見に流され始める。フィリアは言った。
「ですから、兄は命の危険を冒してまで獣人界にやって来たのだと思います。人間から変わって行くために。そのために、獣人みなさんの力が必要なんです」
「……何を協力すればいい?具体的に」
聖女は言い淀んだ。
リュカが言う。
「結界が切れるということは、人間は、より危険に晒されることになる。聖女の遺体を探すのに、人間は躍起になるだろう。話し合いが出来ればいいのだが、ダントンの王が耳を傾けてくれるかどうかはよく分からない」
エメが入って来る。
「傾けさせる、というのが肝になるのではないか?交換条件を提示し、それを受け入れさせれば、あるいは」
「そう上手く行くか?俺が恐れているのは、人間が結界を失ったことで自暴自棄になり、獣人を根絶やしにする未来だ。今までの歴史を紐解くに、ない話ではあるまい」
議論は白熱しているが、平行線だ。
と、フィリアは何かが張り詰め、弾ける音を聞いた。
周囲をくるくると見渡すが、破裂したようなものは見受けられない。
議場にいる獣人たちも、全員その音に気づいていないようだった。
「……何だろう」
彼女の呟きに、リュカが尋ねる。
「どうした?フィリア」
「何かが弾けたような音がしたの」
「そんな音したか?」
「うーん、気のせいかしら」
と、その時だった。
鷹獣人が、はっと立ち上がる。
「おい、今の聞いたか」
フィリアは鷹獣人も同じ音に気づいたのだと思った。
「はい。破裂音がしましたね」
「ん!?違う違う!猪獣人の遠吠えだ」
「?」
リュカもじっと物音に集中し、こう呟く。
「……〝ダントンに攻め入れ〟」
議場に緊張感が走る。
「ダントンに?なぜ」
フィリアは先程の破裂音が自分にしか聞こえていないことに怯えながら、ある可能性を口にした。
「結界が、破れた?」
ニナが頬杖をついて問う。
「なぜそう思った?」
「破裂音がしたの。私以外には聞こえない、破裂音が」
ニナは立ち上がった。
「結界が死ぬ音は、聖女にしか聞こえないと聞いたことがある」
「……ニナ、ダントンの方角はどっち?」
「こっちだ」
ニナはそう言って、議場の窓を開け放つ。フィリアはそこに立つと、ふわりと千里眼を光らせた。
ダントンの城壁で、猪獣人の群れが人間をなぎ倒し、場内に侵入している。
フィリアは議場を振り返った。
「やはり、結界が破れているわ!」
円卓の獣人らがゆっくりと立ち上がる。
「ふむ、ついに……」
しかし、誰もそこから動かない。
フィリアは嫌な胸騒ぎに眉をひそめる。
「みんな……人間が滅びてもいい、と?」
どうやら図星だった。人間が滅びれば獣人は安全に暮らせるのだから。フィリアは問題の根深さにくらりと眩暈を起こす。
しかし、こちらに歩み寄る獣人がいた。
リュカだ。
「フィリア。聖女セシリアの遺体を引き取りに行こう」
フィリアは、ぽかんとリュカを見上げた。
「猫獣人の島に、彼女の遺体を埋葬しに行くんだ。サシャと約束しただろ。猪獣人に遺体を蹂躙されるのだけは、防がないと」
フィリアは、目に涙を溜めて頷く。
セシリアは先祖だ。フィリアと同じ気持ちを味わった、悲しい血族。
それを見ていたエドも、どこか感極まったように呟いた。
「……そうだよな。僕も悲劇の先祖を、埋葬しに行かないと」
議場が水を打ったように静まり返る。
血族の埋葬。
その尊い行為への理解は、獣人らとて同じであった。
「ふむ……遺体の埋葬か」
「前の聖女は千年も無残な姿で磔にされていたらしいな。弔ってやるか」
「生きている人間については興味ないが、獣人と同じく、人間に虐げられた者への尊厳を守ることには賛成だ」
死した聖女。
その存在が、獣人たちの意識を変えて行く。
議長のニナが叫んだ。
「猪獣人をダントンから排除せよ!ダントンの王を生け捕れ!聖女の遺体を無事に回収せよ!」
獣人たちはそれぞれ獣の姿に戻ると、兎の王宮から四方八方へ、ある者は飛び立ち、ある者は走り出した。
「乗れ、フィリア。それに、エド」
狼に変身したリュカに促され、兄妹は彼の背に飛び乗る。
獣人たちは遠吠えを上げながら、勇ましくダントン城壁へと走って行った。




