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湯けむり聖女、獣人に愛され癒しの温泉グルメ旅〜人間界を追放されたので獣人界を助けることにしました〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
聖女と狼神官

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4.誰かとの食事

 フィリアは目の前に運ばれて来た食事を見て、声にならない声を上げた。


 ワインの香り漂う白身魚のポワレに、美味しそうな焦げ目のついた茄子のオリーブオイル揚げ。カシューナッツ炒めが口直しを誘うように小さい皿に乗せられている。バジルパスタ、クリームパスタ、トマトソースパスタの三種が大皿に乗っている。


「おっ、美味しそう……!」

「聖女様、どうぞお召しあがり下さい」

「ありがとう、リュカ。いただきます!」


 フィリアは白身魚のポワレを口に含んだ途端、様々な風味がどっと口内に押し寄せ、全身がとろけるかと思った。


「おっ、おいひい」


 リュカはどこか深刻そうな顔をしてフィリアのだらしない顔を眺めている。


「美味しいですか?」

「ええ、とっても!獣人さんたちって、とても美味しいものを食べているのね!」

「いや……人間界の方が、よほど美食に飽かしていると思いますが」

「ああ、この世にこんな美味しいものがあったなんて……!私、毎日パンと牛乳とチーズのルーティンだったから、その味しか知らないの!」

「……」


 リュカは悲し気に瞳を伏せると、パスタをぐるぐるとフォークで絡め取る。


「……噂通りだ。〝狼頭の聖女様〟は、癒しから遮断されていたんだ」

「ねえねえリュカ!このカシューナッツとかいうの、とても辛い!」

「……ああ、香辛料が入っていますからね」

「でも美味しい。刺激的な味!」


 リュカはそうっとポケットから冊子とペンを取り出すと、かりかりと何か書きつける。フィリアは口いっぱいにカシューナッツを頬張りながら尋ねた。


「何を書いているの?」

「……ああ、これですか?」


 そう呟くと、リュカはにっこりと笑ってその冊子の表紙を見せた。


「ウルフ・トラベラーズ・ガイド?」

「私の出版した本です」


 フィリアは目を丸くする。


「えっ……本?」

「はい。私は獣人界を歩き回り、旅のガイド本を執筆していたのです。今はフィリア様の言ったことを書きつけたわけです」

「本を書いているなんて、凄いわ。私、本が大好きなの。童話しか読んだことないけど」

「……これ、読んでみますか?」

「是非!」


 フィリアは本を読みながら、香ばしいとろとろの茄子を口に含む。


「凄いわ。あなた絵まで上手に描けるのね。これは何?」

「海です」

「へー、海!お話の中でしか聞いた事がないわ。見てみたいな」

「遠いですが、旅を頑張れば見られますよ。海の方へ行ってみますか?」

「いいの?……遠いのに、悪いわ」

「いえいえ。そのガイド本を執筆したのも、聖女様を癒す場所を探すついでですから」


 フィリアは頬を赤くした。


「え?私を癒すために?」


 リュカはにっこりと微笑む。


「はい。三年間放浪の末に書き上げ、フィリア様が追い出されることが決まっている16歳の誕生日に狙いを定め、ダントン周辺であなたに会うため待ち伏せていました。獅子たちがあなたを助けませんでしたか?」


 フィリアは驚き、こくこくと頷いた。


「た、助けて貰ったわ!なぜあなたがそれを……」

「獅子獣人も、あなたの力を必要としているからです。彼らもまた、フィリア様の誕生日に狙いを定め、あなたを救うべくダントン周辺を徘徊していました。助けた時には、あなたは走り去っていたようですがね」

「あら、悪いことをしたわね……」

「獅子獣人と狼獣人は協定を結んでおりますので、協力関係にあります。先程の猪獣人は協定に未加入ですので、聖女の伝説の詳細を知らないようですがね」

「なるほど……獣人にも、色々あるのね」


 フィリアはうつむき考えてから、そっと視線を上げる。


 まただ。リュカの、慈愛に満ちた眼差しがそこにある。


(リュカといると、何かそわそわする。恥ずかしい。でもちょっと嬉しい)


 フィリアは家族以外と接触したことがなかった。だから人と親しくなるには、どんな顔をしていればいいのか分からない。


「……フィリア様?」


 話しかけられ、フィリアはびくりと身を震わせた。


「どうしましたか、急に塞ぎ込んで」

「あ、あの。リュカ」

「はい」

「私、家族以外と話すの、初めてなの」

「そうなんですね」

「だから、どうしたらいいか……」

「どうもしなくていいですよ。フィリア様は楽にしててください」

「でも、リュカ」

「?」

「私、あなたに見つめられると恥ずかしい」

「……目を背けていた方がいいですか?」

「!いいえ、見つめられていた方が嬉しい。えーっとね……」


 フィリアは自分の心の奥底をまさぐる。


「そうだ!あなたに見つめられると、私、癒されるような気がするの」


 リュカはぽかんと口を開けている。


「だから、見ていて欲しいな」


 リュカは少し顔が赤くなったのを隠すように下を向いた。


「美味しいものも勿論いいけれど、あなたの視線を受けて食べるからとっても美味しいんだと思ったの」


 フィリアは、相手に心情を隠すということを知らなかった。


「三年も癒しの場所を探してくれてありがとう。私、頑張って癒されて、獣人さんたちの役に立つように頑張るね」


 ふとリュカが赤い顔を上げる。


「はー……良かった」

「?」

「三年も旅した甲斐がありました。説得が失敗して逃げられたり拒否されたりしたら、どうしようかと」


 フィリアは気の抜けたリュカを眺め、くすくすと笑った。

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