35.妹と瓜二つ
ダントンを出た隊は、一路兎の里ヤムナを目指す。
エドはダントンから外に出たのは初めてだった。何もかもこの人間都市で済んでしまうし、別段出る理由も用件も今までなかった。
途中で夜になったので、隊は平原で野営をすることになる。エドは父には黙って出て来てしまった手前、のちのち取り繕うための言い訳を、闇の中ずっと考え込んでいた。
と。
「あんた、空っぽの聖女の兄貴なんだってな?」
兵士のひとりから、思わぬタイミングで声をかけられる。
兵士たちは兵士たちで盛り上がっていたから、エドは自分が声を掛けられるとは思ってもみなかった。
「は、はあ……」
「あんたもあの聖女みたいに、攻撃魔法だのバリア魔法だのが使えるのかい?」
エドは目を剥く。そんなことは初耳だった。
「いえ、僕は今のところ治癒の能力だけで……」
「じゃあ何で、聖女フィリアはあんな魔法が使えるんだ?」
「それは……分かりません」
「アドルフ兵士長は、聖女の魔法で腕をまるごと切られたんだぞ」
「!?」
「おっかねーよなぁ。聖女の遺体を持って来いって上は簡単に言うけどさぁ、そんなのにやられたらひとたまりもないぜ。あんた、兄貴だろ。矢面に立ってくれよ」
エドは、フィリアの使える魔法がそこまでバラエティに富んでいるとは思いもしなかった。
一体、どんな手を使ったと言うのだろうか。
兵士らはそれで弾みがついたらしく、次々とエドに質問を飛ばす。
「聖女の弱点は何だ?」
「兄として、妹の遺体を取りに行こうってのは、どういうわけだ?」
「聖女がどこに行ったか、予想はつくか?」
エドが何か言おうと口を開いた、その時だった。
「敵襲ー!敵襲ー!」
「聖女だ!聖女が来たぞー!」
遠くから声がして、一斉に兵士たちは武器を構えた。
「聖女が来ただと!?」
エドはどきどきしながら、妹を迎え撃つ。
彼は頭の中でシュミレーションをした。
きっと彼女は兄の顔をひと目見れば、こちらを攻撃して来ないはずだ。
周囲は月明かりがあって明るい。
とにかく、一度でも顔を合わせたい。
あわよくば、互いにどのように結界関連から逃げ切るのかを、今の内に話し合っておきたかった。
地響きが近づいて来る。
エドは刮目した。
(いた!)
先頭を走るのは、見慣れた背格好の少女。
獅子に乗っている。
頭の上には大きなリボン。夜風に髪をなびかせ、手には鋭い剣が握られている──
(あれ?)
エドは首をひねった。
(フィリアは魔法を使えるはずなのに、剣を持っている……)
先程兵士から聞いた話と、少し違うようだが。
「とにかく、フィリアに話を──」
エドは獅子を止めるように、その進行方向へ赴き、手を広げて対峙する。
少女の影が迫って来た。
次の瞬間。
「死ねえええええええ!」
少女が叫び、エドに容赦なく剣を振って切りかかった!
「うそっ」
エドは真っ青になり、瞬時に身をよじって獅子を避けた。
獅子は聖女を乗せ、そのまま遠ざかる。
続いて突如わらわらと平原に現れたのは、屈強な戦士たちだった。
その漢。
全員、兎耳につき。
「……うそっ!」
エドは腰を抜かしながら二度目の嘘を叫んだ。
兎耳兵士たちは雄たけびを上げると、次々人間兵士に殴りかかる。
彼らは兎耳軍に対抗し、その場で大乱闘が始まった。
エドは慌てて野営現場から走り去る。
(……フィリアは、どこに行った!?)
兵士は戦闘にかかりきりになってしまい、フィリアを追うことが出来なくなっていた。
野営を飛び出し、エドは全速力で走った。
妹を守る。
ただその思いだけを胸に。
朝になった。
エドはへとへとになりながらも、何とか平原を歩いている。
途中で、獅子が食い散らかしたとおぼしき獲物の残骸が点在していた。
その点を追って行き、ここまでやって来たのだ。
エドはある気配を感じ取り、どきりとして立ち止まる。
林の中に、獅子と兎耳兵士と──フィリアがいる。
エドは草むらにしゃがみ込むと、目から上だけを出した。
妹は獣人にかいがいしく世話をされていた。食事を与えられ、汗を拭かれ、肩を揉まれ──
その光景を眺め、エドはほっとした。
(よかった、フィリア……なぜだかはよく分からないけど、獣人に大切にされているんだ)
そう思ったのも束の間。
「人間がいるぞ!」
背後から突然風が吹き、兎耳大男が現れて叫んだ。エドはその勢いにバランスを崩し前のめりに倒れ、背後から兎耳兵士に踏みつけられる。
「つけて来やがったのか、人間め!」
「ふん縛れ!」
あっという間にエドは後ろ手に縛られ、簀巻きにされた。
林から、獅子を従えてふらりとフィリアがやって来る。
彼女はエドを見下ろすと、ふんと鼻を鳴らした。
「随分ひょろひょろの兵士だな。まあいい、拷問してダントンの情報を全て吐かせるぞ」
「へい姐さん!」
エドは物騒な言葉遣いをする妹を見上げ、ふと気がつく。
(あれ?よく似ているけど……この子、フィリアじゃない)
よく見れば、リボンは彼女の兎耳を結んだものだった。
髪は金色だし、体つきはフィリアより幾分ふっくらしている。
兎耳兵士に担ぎ上げられる瞬間、エドは尋ねた。
「……聖女フィリアは君か?」
「ああ、そうだよ。私が聖女フィリアだよ」
「違うな。フィリアはそんな言葉遣いはしない。君は一体何者だ?」
少し、奇妙な間が双方に生まれた。
「姐さん……」
「何だこいつ?」
周囲の兎耳兵士は訝しんだ。少女はエドの顔を挑戦的に覗き込むと、こう尋ねた。
「知ったような口をきくじゃないか。お主、名前は?」
「エドだ。ボドリエ家の次男で、フィリアの兄だ」
兎耳兵士がどよめく。兎耳少女は何が面白いのかくっくと笑うと、こう続けた。
「そんなことがあるのか?まあいい、聖女様に顔を見て貰えば、一発で分かることなのだから」
エドはどきどきと胸を鳴らす。
聖女様──
どうやらこの兎耳少女は、フィリアを知っているらしい。
「こやつの言うことが嘘か誠かは分かりかねるが、思わぬ収穫があった。早速兎の里に持ち帰り、情報を吐かせよう」
「へい、姐さん!」
エドは兎耳大男たちに担ぎ上げられると、一路兎の里へ運ばれて行った。




