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湯けむり聖女、獣人に愛され癒しの温泉グルメ旅〜人間界を追放されたので獣人界を助けることにしました〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
猪の町と聖女の覚醒

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30.兎の大援軍

 鉄格子から溢れた兎が、塔に満ちる。


 兎は鉄格子からだけでなく、どうやら反対側からも押し寄せて来ている。


 エレンは慌てて腕を振るうが、体が小さくすばしっこい多勢の兎には対抗できない。


 一匹の兎がエレンの腰みのを齧り、牢の鍵を手に入れた。


 その鍵を兎がくわえ、扉の上の覗き窓からころんと牢内に侵入した。


 ふわりと風が吹き、兎耳筋肉兵士が牢の内側から鍵を開ける。


「聖女様!助けに上がりやしたぜ!」

「ありがとう、兎の兵士さん……!」


 エレンは叫んだ。


「ここは通さんぞ!」


 すると、ふわふわの兎たちは即、全員兎耳筋肉兵士へと変貌を遂げた。


 エレンは愕然と、ほぼ対等の体格の兎耳筋肉大男たちに取り囲まれる。


「んなっ」

「てめーが聖女様を誘拐したんだな?」

「いや、違う。聖女様が勝手に牢へ……」

「んなわけネーだろォ!タコスケェェェ!!」


 兎耳大男たちの拳が容赦なくエレンの顔面に次々とめり込む。


 数は力だ。


 フィリアが牢の片隅で怯えていると、兎野郎の合間を縫って見慣れた野獣が飛び込んで来た。


 獅子王シリウス。


「シリウスさん……!」

「すまない聖女よ、不覚を取った!」


 シリウスは兎の海に飛び込むと、泳ぐように塔の下へと降りた。


 猪族が次々襲い掛かって来るが、それをものともせず獅子王は蹴散らして走る。


 フィリアは姿勢を低くしながらシリウスに尋ねた。


「リュカは……!?」

「あいつはまだ体調が万全ではないから俺が迎えに来た。それから、あいつには別の仕事があるらしい」

「別の仕事……?」

「とにかく、我々は城塞から出るんだ」

「どうやって?」

「まあ、聖女様はしっかり掴まっておればいい」


 獅子王は全速力で駆け抜ける。既に城塞内に進軍したらしい獅子たちが、猪をぶん殴っては次々失神させている。


 シリウスは廃墟をよじ登り、家屋の屋根伝いに走り出した。そのまま城壁に近づいて行く。


「崩れそうな壁が多いぞ、フィリア。今から壁を突き破って脱出する。姿勢、構え!」


 フィリアはシリウスに言われた通り、そのたてがみに頭をうずめた。


 ドンッ。


 ガラガラガラガラ……


 衝撃と共に、頭に壁の破片が降り注ぐ。フィリアは首を振り立てると、砂埃を払った。


 近くで、遠吠えがする。


 フィリアは顔を上げた。


「……リュカの遠吠えだわ!」

「ふむ……城塞外で待機中。出発の準備完了だそうだ」

「よかったぁ」


 城塞の向こうでは、獅子の群れと兎の群れが行儀よく聖女を待っていた。


 ふわりと風が吹き、ニナがこちらに走って来る。


「聖女様!」

「ニナ!」

「良かった。とりあえず、今着ている服を脱いで私に頂戴」


 フィリアは疑問に思いながらも、素早く服を脱ぐ。


「聖女様はこれを着て」


 フィリアは黒っぽい服とベールを被せられる。


「この布で、リュカを覆って逃げろ。闇に紛れるのだ」


 フィリアは周囲を見渡した。


「……リュカ……?どこにいるの?」


 ニナはフィリアの着ていた服を纏うと、傍にいた獅子に飛び乗る。


 それを見てフィリアは気がついた。


「ニナ……まさか身代わりに」

「そんな大げさな。ほら、見てみろ。私の体中、兎が引っ付いておるぞ。いざとなったらこいつらが助けてくれるから、私は大丈夫なのだ」

「ニナ……」

「そんなことより、話は聞いたぞ。聖女様は魔法が使えるようになって来たそうだな?あともう一息癒されて能力が戻れば、獣人界も救われる。我々の、人間に踏みにじられる一生が終わりを告げるのだ」

「……!」

「猪族のように、馬鹿な獣人もいる。くれぐれもこれからの旅路には気をつけてくれ。じゃあな!」


 ニナは獅子にしがみつくと、手を振って颯爽と走り去る。


 フィリアとシリウスたちはそれを見送った。


 同時に、城門から何百という猪たちがどっとニナの背中を追って走り出して行った。


 静けさが戻って来る。


 と、静かに草むらを踏みしめる音。


 闇の中、白い狼が姿を現した。


 フィリアはそれを見て、ぼろぼろと涙を流す。


「……リュカ!」


 フィリアは走って行って、ふわふわの白狼の首にぎゅっと抱きついた。


 リュカは彼女に頬を摺り寄せると、口からころんと何かの入ったビンを転がす。


「……これは何だ?」


 シリウスに問われると、リュカは答えた。


「猪の湯です。混乱に乗じて取って来ました」

「やるな、リュカ」


 フィリアは狼から体を離し、そっとその瓶を手に取る。


 生温かい温泉が、そこに入っている。


「フィリア。温泉は、入ってもいいが飲んでもいいんだぞ」


 フィリアは少し眉をひそめたが、


「安心しろ。湯船から汲んだわけじゃない。水道から得た湯だから大丈夫だ。これでまた新しい能力が得られるはずだぞ」


と彼が取りなすので、その瓶を月の光にかざして見た。


 確かに、湧き水のように透き通っている。


 フィリアはその温泉水を飲んだ。


 少し硫黄臭いが、味にはそこまで特筆すべき癖はない。


 それを飲み干すと、ふわりとフィリアの瞳が光った。


「!?」


 暗がりの中、ぼうっと聖女の瞳が輝いている。


「千里眼だ」


 リュカがそう告げた。


「遠くで起きている物事が見られるようになったり、夜暗くても目が見えるようになる。便利だろ」


 フィリアは遠くを見つめた。


 海が見える。


「リュカ。私、次は海が見たいなあ」

「海か。猫獣人の街がある。あそこなら、猪も追っては来れまい」


 リュカとシリウスは頷き合った。


「では、我々はここでお別れだな」

「シリウスさん、ありがとうございました」

「いや……失態をさらして済まなかった」

「判断を誤った自分にも非があります。やはり聖女協定に入らない輩には、入らないなりの理由がある」

「とにかく、全員無事で良かった」


 フィリアはリュカの背にまたがった。


「……まだ傷跡が痛む。海までちょっと時間がかかるけど、いいか?」

「無理はしないで。休み休み行きましょう」


 次に目指すのは、猫獣人の街だ。


 黒いローブにすっぽり身を包み、聖女は狼の背に乗って暗闇を駆け抜けて行った。


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