25.忍び寄る危機
森で見つけた一番大きな葉っぱに白身魚とキノコを入れ、レモン汁と塩をかける。
ひらりと月桂樹の葉を入れ、くるくると木の蔓で包むと、それを炭火の中に放り込んだ。
しばらくすると月桂樹のいい香りが漂い、葉から汁が溢れ出す。
フィリアはそれを、目を輝かせながら見つめていた。
リュカはお土産のヘビイチゴをポリポリと食べている。
「なるほど、サバイバルスキルか……そこまで考えてはいなかったな」
シリウスが応える。
「余り不吉なことは考えたくないが、聖女様も自分で出来ることが増えた方がいいだろう。いつでもどこでも必ずリュカがいるとは限らない」
「うーん。本当に……その通りです」
「新品のナイフをそれぞれ一本ずつやろう。ここにいる間に、使い方を教えておけ」
「はい」
そういうわけで、フィリアは一本のナイフを手に入れた。
「木を削ったカスを常備しておけ。これで火を起こした時、火種が作れる」
シリウスに言われ、フィリアは頷いた。
「やってみろ」
フィリアは木をナイフで削る。何せ手作業など、ちっともやったことがないのだ。集中力を過剰に消費し、聖女はひたすらに木を削った。
「ついでだ、ナイフを洗ってリンゴを剥け」
フィリアは慎重にリンゴを回しながら、その赤い皮を剥いた。
ナイフで切って、種部分を除去する。
魚の包み焼きが焼き上がる頃、リンゴも剥き上がった。
それをうまうまと火の周りで輪になって食べ、三人はテントでくったりとする。
フィリアは午前中の採集もあって、うとうととリュカの隣で眠る。
リュカがその寝顔をじっと眺めていると、シリウスが気まずそうに咳ばらいをした。
「リュカ。次はどこへ行く気なんだ」
狼は答える。
「聖女協定を結んでいる都市を順繰りに回る予定です」
「協定を結んでない都市は後回しか?」
「そうですね。協定を結んでいない都市の獣人は人間に悪感情を募らせているケースが多いので、行くのは危険であると判断しています」
「しかし、得難い能力の温泉がある場所もあるだろう」
「その通り。ですが、安全第一で行きたい」
「次の都市で一番大きい場所は猪獣人の町だが」
「そこは後回しにしたい。猪を飛ばして猫獣人に……」
「だが、猪獣人の町には〝千里眼〟の温泉がある。あちらを先に入っておけば、旅路は楽になる」
「それはそうですが、聖女の力が発動するには癒しの力が戻っていることが前提になります」
「俺の見立てでは、聖女様は当初より大分頭髪が黄ばんできている気がするが?」
リュカはフィリアの髪をつまんで見た。
「……まあ、確かに」
「うまくやれば、治癒と加護はもう使えるのではないか」
「まさか。そこまで癒されたとは感じておりませんが」
「……ご謙遜を。出会ってまだ数日でここまで関係が深まっているのなら、なかなかいいペースだと思うが」
「人と人との関係性を試験の時間配分みたいに言わないで下さい」
その時。
頭上を、鷹が声を上げて旋回し出した。
獅子王が体を起こす。
「……ん?」
「これは……〝危機回避準備〟の鳴き声だ!」
リュカは慌ててフィリアを叩き起こした。
「フィリア、フィリア!」
フィリアはぽうっと虚空を眺め、目を開ける。
シリウスはテントを出ると、ふわりと風をまとい獅子の姿に戻った。
遠くで、狼の遠吠えが聞こえる。
「ぐっ……人間兵士が来た。しかもかなりの大人数で……隊列を組んでいる」
フィリアはその声で、ようやく体に力が入った。
「兵士……?」
「逃げよう、フィリア!」
フィリアは震えながらリュカに身を寄せる。リュカは彼女の背中をさすって落ち着かせた。
「おい」
獅子王が声をかける。
「お前たちは先へ行け。ここは俺たちで足止めする」
フィリアは青ざめる。リュカは頷いた。
「そんな、シリウスさん……」
「獅子を舐めるな。いいから早く行け」
リュカはふわりと狼の姿に戻ると、聖女に声をかける。
「荷を背負って早く乗れ、フィリア」
「でも……」
「獅子王の尽力を無駄にする気か?」
「……!」
フィリアは思い出した。
獅子王の言葉。
〝聖女フィリア。君は獣人を導き救うために、ここに存在する〟
ここで感情に流され、足が鈍っては獣人族全体に影響する。
聖女は覚悟を決めた。
「……分かったわ」
すると。
遠くから、数多くの馬の足音がやって来た。
聖女は白い狼に跨ると、颯爽と川岸を遡って行く。
獅子王シリウスはそれをじっと見送った。
「また会おう、聖女よ」
トンビの声を聞きつけて、獅子の群れが獣の姿になって森へと潜み始めた。
シリウスは兵士と相対すべく待つ。
対するは、ダントンの兵士──
その数を見て、ふとシリウスは眉をひそめる。
先程の足音から察した兵士の数より、明らかに少ない。
(まさか)
嫌な予感は、恐らく当たっている。
(兵力が途中で幾手かに分かれたのか……?)
──となると、あの二人が危ない。




