21.温泉とアウトドア
そういうわけで獅子王からもらった生活道具一式を、二人は川べりの砂利の上に広げた。
「リュカ、テントを作ったことはある?」
「ああ、三年前もこうして作ったよ」
「そうなのね。なら、よかった」
「フィリア、杭を打つから手伝ってくれ。今日は忙しいぞ」
金属製の杭を、四カ所に打つ。
ロープを張って、布を被せた。
杭もロープも獅子獣人が事前にある程度まで形を作っておいてくれているので、それぞれ引っ張って被せるだけで済む。
完成したテントの中に入り、フィリアは思わず歓声を上げた。
「わあ。思ったより、テントの中って何だか楽しい!」
「素晴らしい建造物もいいが、たまにはこういう野性味溢れる生活も楽しいぞ」
「野外生活も、意外と面白そうね」
「よし。寝具はあとで借りるとして──とりあえず、何か食べようか」
「いいわね。でも、どうやって?」
リュカは得意げに胸を張った。
「忘れてないか?俺は狼だぞ」
リュカは狼に姿を変えて川に入って行くと、水面をパンチしながら魚を咥えて帰って来た。
フィリアは初めてナイフで魚のはらわたを取って、魚を串刺しにした。
火に向けて魚の両面を辛抱強く炙ると、香ばしい香りが辺りに立ち込める。
じゅうじゅうと魚の油が火の中に垂れ、絶えずはぜるような音がする。
熱々の焼き魚が完成した。
フィリアが恐る恐る皮目に歯を立てると、かりっとした触感の後、すべすべした白身が口の中に滑り込んで来た。
フィリアはハフハフとそれを噛みしめてから、
「おいひい」
とやけど気味の唇で言った。
リュカも口内をやけどしたらしく、無言で頷いている。
腹が満たされれば、今度は二人で温泉を掘る。
本当に、ただひたすらに掘り進めるのみだ。
「日が出ている内に、入りたいよな」
リュカはそう言うが、フィリアは実のところ、夜に入りたかった。
「私、もっと遅くてもいいよ。っていうか、夜に入りたい」
「えー、何で?」
「だって、リュカに裸を見られたくないもの」
「うーん……そっか……」
リュカはなぜか困った顔をしてうなだれた。
「やだ、リュカったら」
「……ごめん」
フィリアは彼の態度に少し苛立って、話を変えた。
「ねえ、獅子の男ってみんなあんな感じなの?」
「……ん?」
「女の人はべらせて、何もかも用意させて、ずーっと寝てるの?」
「まあ、基本はそうだな。獅子はハーレムを形成する。雌が何でもやって、雄はあんな感じだ」
「シリウスさんはリュカの言うような、気持ちのいい奴ではないわよね」
「ああ、なるほど。人間の女子からすれば、やはりああいうのは腹が立つものなのか」
「恋は一生ものなのよ。それなのにあんなに大勢を相手に……信じられないわ!」
リュカは少し戸惑いを見せたが、すぐにまっすぐな眼差しでこう言った。
「誤解を恐れずに言うと、獣人はああいう種族が多い」
フィリアは汗ばんだ顔を上げる。
「狼は一生に一度しか恋をしない。これは特殊な例だ。だって決まりきった相手と添い遂げるなんてのは、生殖効率が悪いだろ」
「生殖って、何?」
「う、うーん。簡単に言うと、子を成すことだ」
フィリアは首を傾げた。
「恋をすると、子どもが出来るの?」
「いや……違う、と言いたいが……当たらずとも遠からず……」
「私、リュカの子どもなら産んでもいいよ」
リュカは真っ赤になってうつむくと、慌てて話題を変えた。
「……だっ、だから……獅子が子どもを沢山産むには、母親になる女が大勢必要だということなんだ」
「言いたいことは分かるけど……」
「……うん」
「私、もしもリュカがあんなだったら、耐えられないな……」
リュカはふっと笑った。
「俺は大丈夫。ずっとフィリアしか見ないで生きるよ」
「本当?」
「前も兎の女王が言っていた。一生パートナーを変えない特性があるから、狼族が獣人を代表して聖女付きの護衛となるんだ」
「そっか……そう、なのね」
「だからもう、覚悟は出来てる」
少し含み笑いをするようにそう言って、リュカは汗をかいた。
フィリアは赤くなる。
「生まれた時から、そう言い聞かされて生きて来た」
「……」
「だから、好きになれなかったら──相手に拒否されたら──そんなことばかり心配している時期もあった」
「……」
「でもフィリアはいい子だし、好きだって言って貰えて嬉しかった」
「……リュカ」
「だからフィリアを守り通せれば、殺されたとしても本望だ」
「そんなこと言わないでよ、リュカ……私も頑張るから」
と。
スコップの先が、じわりと濡れた。
温泉が湧き上がって来たのだ。
「あーっ、温泉!」
フィリアが目を輝かせて叫び、リュカも俄然やる気が湧いて来た。
「もっと掘ろう。これでまた、聖女の特性が増えるぞ!」
「攻撃の力……」
フィリアは、狼族と己の恋を叶えるべく温泉を掘り進める。
「私は絶対、リュカと生き延びて見せる」
聖女は、これが最初で最後の恋と信じて疑わなかった。
ひたひたとせり上がって来た湯は次第にごぼごぼと音を立て、煙と共に穴の中に満ちて来る。
「もっと深い方が肩まで浸かれてより癒されるか?」
「腰まででいいよ。無理しないでね」
と、その時だった。
「……加勢するか?」
聞き覚えのある声に、二人は振り返る。
シリウスがスコップを持ってやって来たのだ。
「シリウスさん……」
「場所によっては湯が出ない箇所がある。遠目に見て湯が出そうだったから、馳せ参じた」
「ありがとうございます」
「深い方が、より癒されるだろう」
日が落ち、空が赤くなり始めている。
百獣の王シリウスの怪力スコップで、面白いぐらいに深い温泉が出来た。
泥交じりだが、とろりとした黄みがかった湯だ。




