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湯けむり聖女、獣人に愛され癒しの温泉グルメ旅〜人間界を追放されたので獣人界を助けることにしました〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
兎の里の聖女祭

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18.空っぽの一族

 ボドリエ邸の片隅にて。


 次女のエミリーは悲鳴を上げていた。


「いやあああっ!放して!!」


 兵士らの手によって寝間着のような服に力ずくで着替えさせられ、腕を後ろ手に縛りあげられたエミリーは幽閉部屋に連行されていた。


 オウルとアントワーヌは、それを平然と眺めている。エミリーは両親に向かって叫んだ。


「なぜなの!?何で私がこんな目に……!」


 アントワーヌはこともなげに言う。


「あなたは嫁にも行っていないし、兄弟で一番魔力が弱いからよ。一族を守るためと思って、少し我慢してちょうだい」

「お父様!」

「フィリアの遺体が運ばれて来るまでの辛抱だ」

「辛抱って……!服もろくに着替えられず、外に出られず、布団も用意されてなくて、食事もパンとチーズだけだなんて、私耐えられない!」

「大丈夫よエミリー、死ぬわけじゃないの。現にフィリアも死んでいなかったじゃない?」

「こんな生活、死んだも同然よ!」

「しばらくお休みエミリー」

「いやあああああ!」


 幽閉部屋は、兵士の手によって扉が閉じられた。


 オウルとアントワーヌが言う。


「髪の色が白く抜けるまで、十年以上はかかるわね?」

「フィリアが見つからなかった場合、最終的にはあれを差し出せばよかろう。心が空になれば、かの紋様も浮かんで来るはずだ」

「フィリアみたいに生まれつき幽閉されていたわけじゃないから、これ以降も暴れそうね」

「何。既に薬局方に言って、麻酔薬を作らせてある。まだ暴れるようなら、これを使えばいい」

「なら結構だわ。こんなことで王の庇護がなくなったら困るもの」


 二人は連れ立って歩いて行く。


 両親に呼ばれて集まった姉妹たちは一部始終を目の当たりにし、真っ青になっている。


 ボドリエの血筋で魔力が弱い女であれば、誰もが依代になる可能性があったのだ。


 もしエミリーがあの生活に耐えきれず死んでしまった場合、今度は別の姉妹に飛び火する。


 現在、嫁に行っていなかったのはエミリーだけ。


 セリーヌ、コレット、マルゴはそれぞれ一族内で結婚し、子を儲けていた。


「……うそでしょ?」

「一歩間違えば、私も……」

「どうしたらいいの……?」

「子どもを残して殺されるなんて、まっぴらごめんだわ……!」


 兄弟たちも、余りの惨状に言葉もない。


 フィリアは生まれついて魔力に恵まれず、大人しい女児だったから反抗しなかった。


 だから兄弟姉妹全員で彼女に「からっぽ」の烙印を押し、自分達は関係ないものだと高をくくっていた。


 だが、それが逃げ出した場合、お鉢がこちらに回って来ることが今を以て判明したのだ。


 シャルルとドミニクは結婚しており、それぞれに数人の息子や娘がいた。


 まだ小さいとはいえ、フィリアを失った今、いつそのような不幸が子らに飛んで来るか分からない。


「おい、どうする?」

「どうするっつったって……城壁の外に出たら、即死だぞ」

「娘を連れて安全な場所に逃げる方法はないか?」

「外には獅子がいて、兵士すら食い殺されたらしいじゃないか。安全な場所など、外にあるはずがない」


 そう。


 誰もフィリアの心配などしていなかった。


 一族総出で全ての責務をフィリアに追わせておいて、いざその矛先が自分達に向けば慌て出す。


 自分たちがフィリアにした愚行は見ないふり。


 彼らを遠巻きにし、エドは呟いた。


「……狂ってる」


 兄弟で結婚していない男はエドだけだった。


 こうなることを見越して、エドは結婚することをはなから放棄していたのだ。


 その時は良くても、自分の産んだ子孫が、千年後このような目に遭うのだ。


 耳と目を塞いでやり過ごしても、いつか自分がしたことは全て返って来る。


 フィリアを家族全員で見殺しにした罪とがは──いつか、必ず。


 それが、今日であったというだけだ。


 以前は末妹が永遠の命を得ることに少しの慰めを見出そうとしていたエドだったが、その気持ちも今は消え失せていた。


 実のところ、エドだけはフィリアが逃げおおせたことを内心喜んでいた。


 幽閉されていた妹。


 けれど、素直で本の好きな、可愛らしく物静かな少女だった。


 城壁の外に出て、千年前の伝説のように、獅子に乗って別の世界へ行ってくれていればいい。


 もし何か事故に遭ったとしても、最後に日の光を見、死ぬ前にパンとチーズと牛乳以外の味を何らかの方法で得てくれていればいい。


「……もっと、お金を渡してあげればよかったな」


 エドが兄弟達に背を向け、歩き出したその時だった。


「……ボドリエ家の皆様」


 彼の目の前に、突如見知らぬ兵が姿を現したのだ。


「は、はい。何でしょう」


 エドは驚きにズレた眼鏡を直しながら答えた。その声に、兄弟姉妹らは一斉にこちらに振り向く。


「失礼。私は兵士長のアドルフと申す。皆様に頼みたいことがある」


 エドはごくりと喉を鳴らした。ボドリエ家の子どもたちはざわめく。アドルフは構わずこう告げた。


「聖女を連れ戻すべく協力してくれぬか。それぞれ手分けして、聖女の行方を追うのだ」


 兄弟らは頷き合い、一も二もなく賛成した。


 誰しも自分が助かりたい。フィリアを差し出せば、全てが解決するのだ。


「では皆様、訓練棟に向かって欲しい。ああ、エド殿だけは……ここに残ってくれ。別の仕事を頼みたいのだ」


 エドは瞠目した。

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― 新着の感想 ―
[一言] とてもソフィアと同じ血が流れている人間とは思えないww 現実にもこんな家族たまにありますけどww
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