17.一生に一度の恋
ニナは、やって来たフィリアとリュカを眺めて片眉を上げる。
「ほう……これはこれは」
今日をもって、二人は兎の里ヤムナを発つ。
事前に護衛の兵士からニナに退出の報告をしておいて貰ったので、王宮では二人を見送るため多くの兵士や市民が駆けつけていた。
フィリアとリュカは連れ立って、玉座の前に進み出る。
女王は二人を見比べた。
「聖女様、そしてリュカ殿……あの祭りで、どうやら二人の関係性が変わったようだな」
フィリアとリュカは、びくりと身を震わせる。
「……へ?なぜそんなことが分かるんです……?」
聖女の気の抜けた質問を、ニナは豪快に笑い飛ばす。
「あはは。女の勘だよ。祭りには、そういった関係を引っ掻き回す効果がある。もともと兎の里の祭りというものは、集落と集落のお見合いから始まったものなのだ」
「そうなんですね」
「そういうわけだから、この祭りが人間と狼の関係性も根底からひっくり返したのではないか?」
「そ、そうなんです。私、リュカが好きなんですけど怖くなってしまって……」
「ちょっ……フィリア……!」
真っ赤な顔をしたリュカが慌てて聖女の口を押さえに入り、ニナは余計に笑う。
「ははは。聖女様、教えて差し上げよう。それはな、多分、恋だ」
「……恋?」
フィリアは虚空を見上げ、唯一の知識である童話の場面を総動員する。
が、情報が見当たらなかった。
「恋とは、何でしょうか」
ニナは意識が遠のき、額を押さえた。
「そっ……そこから説明せねばいかんのか?」
「コイバナのコイ、ですよね?きっと」
「そうだが……つまり、異性を好きになることを恋と言うのだ」
「そうですか。では、これはきっと恋ですね」
「あと……恋と言うものは、楽しいだけではなく、苦しいものなのだぞ」
それを聞き、フィリアは益々その予感を確信した。
「では間違いなく、恋です」
リュカも頭痛を我慢するかのように、額を押さえている。
ニナは目をぎらつかせた。
「ほー、そうか。次回ヤムナに来ることがあれば、今度こそ、温泉で立派なガールズ・トークが出来るぞ」
聖女としては、あれをもう一度するのはごめん被りたかった。
「あ、それは……いいです」
「そうか?まあこの話はここでおしまいにしよう。さて、リュカ殿はこれを受けて、どうして行くつもりだ?」
リュカは途端に真剣な表情に変わる。
「難しいところですが……私が取るべき行動は──フィリアを人間から守り通すこと。その点は、変わりないかと」
女王は色々と事情を察してゆっくりと頷いた。
「そうか……お主も様々な感情を抱えておろう」
「……」
「千年前の聖女と神官がどういう道を辿ったか知っているか?」
「……はい。前回は守り切れずに、どちらも死んでしまいました」
「今回は間に合ってよかった。千年前は人間の追手が来てすぐさま逃げることとなり、温泉に入れなかったからな。……加護の力があれば、この先色々と時間稼ぎになろう」
リュカも頷いた。女王は微笑んで彼に問う。
「次なる旅路は、いずこ?」
「はい。獅子の里に向かおうかと」
「今の時期なら、ここから一番近いからな。聖女協定にも入っているし」
次の行き先については知らされていなかったので、フィリアは驚いた。
「獅子って、私を最初に助けてくれたあの獅子?」
「そうだ。あそこの温泉の効能が、今我々に一番必要なものだと思う」
「次の温泉には、どんな効能があるの?」
「攻撃の力だよ」
「それは──必要そうね」
「加護と攻撃があれば、百人力だ。フィリア自身が、自分の身を守れるようになる」
フィリアはそれを聞くと、首を横に振った。
「いいえ。今度は、私がリュカを守って見せるわ」
少し間があって、兎耳筋肉兵士たちはしんみりとする。
かつての聖女伝説では、狼と聖女は揃って死んだ。
その二人が、互いにかばい合っている──
兎どもの男泣きが場を占め、フィリアは慌てた。
「え!?みんな、どうしたの?」
ニナもつられて、微笑みながら自身の目尻を拭う。
「聖女様……皆、千年前の物語を思い出しておるのだ」
「そうなんですね……」
「次こそは、聖女と狼は共に助かると信じている。くれぐれも、無事で」
「はい!」
ニナはリュカに向き直った。
「リュカ殿、聖女様を頼む。この役は、そなたにしか出来ないものなのだからな」
「……はい」
「狼は、人生に一度しか恋をせん。その特性をある意味利用して、我々獣人は助かろうとしている。悪いとは思っておるのだが……」
それを聞き、フィリアは目を丸くした。
「そうなの?恋は人生に一度だけなのね?」
ニナが慌てて誤解を解こうと何か言いかけたが、リュカがそれを目と首振りとで制した。
ニナが色々な事情を思って押し黙り、リュカはフィリアに向き直る。
「そうだ。一回だけだ」
「そうなのね。その一回が、リュカで良かった」
「……俺もそう思う」
ものを知らないフィリアはにこにこと笑い、それと反比例するように再び兎耳筋肉兵士らは男泣きした。
そうだ。
童話では、王子様とお姫様が結ばれて終わる。
あれがいわゆる「恋」であり、物語の一般的な帰結の形なのだ。
ひとつの本には、ひとつのハッピーエンドしか用意されていなかった。
フィリアは今までの童話を思い返し、色々と納得するのだった。
「じゃあ、獅子の里へ行きましょう。ニナさん、短い間でしたけど、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ。楽しませてもらったぞ」
「……また、機会があれば伺います」
「リュカ殿、聖女様をどうか……」
声を詰まらせたニナに背を向け、二人は歩き出す。
いざ、獅子の里へ。
一方その頃──
「聖女の遺体はどこへ消えた!」
城塞都市ダントンの老王、オデロンは激高していた。
王の前にはフィリアの父、オウルが真っ青な顔で立ちすくんでいる。
「貴様……まさか娘可愛さに逃がしたのではないだろうな!」
オウルは慌てて首を横に振る。
「そんなことは断じてありませぬ!兵士も城から派遣され、門番もフィリアが出るまでの一部始終を見ていたのでございますから……」
王は苛立たし気に歯を食いしばる。
「では一体、誰が……」
その時だった。
「陛下!」
兵士長アドルフが駆け込んで来た。
「兵士団が、先程兵士らしき死体を発見したと……!」
「何だと!?して、どんな様子であったのだ」
「それが、どうやら猛獣に食い散らかされた後でして」
「ほう」
「兵士二名の髪、骨と鎧は発見出来たのですが、聖女の白い髪、骨と衣装は発見出来ませんでした」
「ふむ、猛獣か……」
オデロンは首を捻った。
「……まさか、な」
「どうなされましたか、陛下」
「千年前と同じだと思ったのだ。聖女は獅子に乗り、城塞都市を脱出したと言い伝えられている」
「!」
オウルは青ざめた。
「なるほど。オウル殿は獣人と密かに連絡を取り合って娘を助けた、と」
「そ、そんな馬鹿な!何かの間違いです!」
「もうよい。おい、アドルフ。オウルとその一族を一時的に幽閉せよ。一番怪しむべきは、血族だ」
「お、お待ちください陛下!」
オウルは目をぎゅっとつぶって、一息にこう言った。
「一族の不祥事は、一族でケリをつけます!ですので、どうか一族の幽閉だけは……!」
「ほう。どうやってケリをつけると言うのだ?」
オウルは震えながら、王を見上げる。
「家族からひとり、人質を出します。その人質を幽閉し、依代の予備とします」
「それで?」
「一族から複数人、フィリアの捜索隊を出します。その際は、兵士長にも協力を仰ぎたい」
「ふーむ」
「一族全員を閉じ込めれば、病院の経営も滞りますゆえ……」
「なるほど、確かにな。ではオウル、その捜索隊とやらを今すぐ結集しろ。アドルフ。お前はその隊が結集出来次第、隊を率いてまずは獅子の里へ攻め入れ。両者協力し、聖女フィリアの遺体を持ち帰って来るのだ」
アドルフはオウルをちらりと一瞥してから「はい」と答えた。
オウルは額に青筋を立て、末娘フィリアの失態に怒りを抑えられずにいる。




