表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
湯けむり聖女、獣人に愛され癒しの温泉グルメ旅〜人間界を追放されたので獣人界を助けることにしました〜  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
兎の里の聖女祭

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/53

14.ペアルックの誘惑

 朝が来た。


 今まで寝た事がないふわふわの高級羽毛布団に包まれ、フィリアはそっと揺すり起こされる。


「フィリア、起きろ。朝だぞ」


 フィリアはうっすら目を開けながら、正直こうやって彼に起こされるのが一番癒されると思う。


(起きるのを待っていてくれる人がいるって、いいな)


 ようやく上半身を起こすと、リュカがいつもの優しい眼差しでこう言った。


「祭りの夜まで時間がある。それまで、街を観光してみないか?」


 フィリアは笑顔でこくこくと頷く。


「千年前の聖女様の足跡をたどるのね?」

「そんな大層なことはしない。せっかくだから、街をブラブラしてみようかと思って」


 フィリアは窓から眼下の兎の里を見下ろす。


 今日の夜は祭りだ。既に街は、夜に向かって活気づいている。




 宿を出ると、多くの兎族の獣人がその周辺を取り囲んでいた。


 皆、聖女をひと目見ようと集まったらしい。


 挨拶もそこそこに、フィリアとリュカは歩き出した。


「はー、びっくりしたぁ」

「兎族は、特に聖女への信頼が厚い」

「なぜ?」

「獣人は、寝る時と死ぬ時は獣の姿に戻ってしまうんだ」

「?」

「兎族は獣人の時はあんなにいかついが、寝ると小さな兎さんになってしまう。つまり、か弱い」

「なるほど。外敵の脅威にさらされやすいのね」

「そういうわけだ。だから、より聖女の力にすがりたい気持ちが強い」

「はー。とても強そうなのにね」

「前も言ったけど、言葉の強さは身体的弱さの裏返しなんだよ」


 坂を降りておくと、小さな商店街にさしかかった。


 そこでは、兎族の男女が集まり、何やら楽しそうに店内を物色している。


「待って、リュカ。あれは何かしら」

「えーっと、あれはユカタ屋だ」

「ユカタ?」

「ヤムナの伝統的な民族衣装だよ。祭りに合わせて、レンタルしているみたいだな」

「民族衣装!」


 フィリアは瞳を輝かせた。ユカタは色とりどりで、目にも鮮やかだ。


「リュカ、あれ着てみたい」

「ふーん。まあ、聖女が着たいって言うから着せるか……」


 二人がユカタ屋に入ると、周囲からどよめきと拍手が巻き起こった。


「あ、いえ、どーも」


 フィリアが恐縮して進むと、顔面に斜めの傷がある、凄味兎耳店主が血眼になってやって来た。


「聖女様!」

「は、はいっ」

「聖女様にお越しいただいたからには、サービスさせていただきやす!」

「はあ……」

「おい!とっておきのユカタを寄越せ!」

「へい兄貴!!」


 聖女と従僕神官の前に、紺地に白抜きのシンプルなユカタが差し出される。


「おう、聖女様。これが今一番流行りのユカタでさぁ!」

「そう。でも何だかとってもシンプルね。外に飾ってあった、カラフルなのはないの?」


 すると、店主はちっちと舌を鳴らした。


「たとえ聖女様といえども、ユカタの良し悪しは分からんか。外にあるのはプリント生地。今出したのは、正真正銘の染め抜き生地でさぁ。しかもシンプルな染め色だから、男女ペアで着るのにおあつらえ向きっつーわけ」

「男女……ペア!?」


 フィリアの瞳が輝く。初めて湧き上がって来た感情に名前をつけられなかったが、それはとても彼女の耳に甘美に響いたのだった。


「素敵。確かにユカタって、男女の違いの少ない服ね」

「違いを出すとしたら、帯だ。男の帯は幅が狭く、女の帯は幅が広い」


 店員が奥から、色とりどりの帯を出して来る。


「わー!可愛い!」

「生地が紺だから、何色でも合うと思うぜ」

「リュカは何色がいい?」

「えっ。どうしようかな……じゃあグレーで」

「私、この赤と白の縞模様がいい!」

「おっ、流石は聖女様。一番高いのを選んだな」

「えへへ」


 ぺたんこのユカタと帯は、白い風呂敷に包まれた。


「おし。それ、聖女様にやるよ!」

「えっ。いいんですか?」

「ああ。温泉の後に着るのにもうってつけだぜ」

「そうね、脇も空いてるし前もはだけてるし。専用の寝間着がなかったからちょうどいいわ」

「聖女祭りで、いい思い出を作ってくれよな!」


 思いがけずご当地の民族衣装が手に入り、フィリアはほくほく顔で店を出た。


「兎族って、みんないい人ばかりね」

「……そうだな」

「どうしたの?リュカ」

「千年前の聖女様は、ここの温泉には色々……一悶着あって入れなかったんだ」

「そうなの」

「フィリアにまだ話していなかったが、温泉には聖女の能力を引き出す効果がある」

「聖女の能力……」


 商店街のあちこちから、食事のいい匂いが漂って来ている。フィリアはごくりとつばを飲んだ。


「兎の里の温泉は、聖女に〝加護〟の力を与える」

「カゴ?」

「ああ。咄嗟の時に、体を守るバリアを張る」

「便利な能力ね」

「先に言っておくと、癒しの力がなければ発動しない」

「そう……」

「千年前は、それが得られず二人とも殺されてしまった」

「!」

「だから今回は……間に合ってよかったな」


 そう言ってリュカはフィリアに笑いかける。


 フィリアはなぜかどきりとして、頷いた。


(そうだ。聖堂で見たモザイク画。確か、狼が殺されていた……)


 この能力を得て癒しの力を取り戻せば、何かあった時にお付きの狼──もとい、リュカを助けられる。


「早く私、ちゃんと癒されないとね」

「今夜は祭りだ。きっと、思った以上に癒されるよ」


 リュカと一緒に、くつくつと笑い合う。空っぽの聖女の心の中に、明らかに何かが留まりつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「前も言ったけど、言葉の強さは身体的弱さの裏返しなんだよ」 人間もそうですよね( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ