13.コース料理のレッスン
椅子を引かれたら座って、膝にナプキンをかける。
カトラリーは、外側から順に使う。
一皿一皿を空にして、カトラリーを皿の端に寄せておけばウェイターが持って行ってくれる。
フィリアは事前にリュカから説明された通り、慎重にそれらを反芻する。
リュカはめずらしくシャツを着ていて、慣れた様子でカクテルグラスに入ったカラフルな魚介とコンソメのジュレをすくって食べていた。
フィリアはかぼちゃのスープに手を付ける。
それを口に含み、やはりその甘さと香ばしさにとろけるかと思った。
ゆっくり時が流れる夜。
妖精の入ったランタンがシャンデリア内部に入り、ちらちらと輝く光がスープを彩るように散っている。
「……癒される」
「よかった」
やはりガールズ・トークなんか、いらない。
そんなことより食事だ。
レモンバターで風味のついた優しい味のサーモン。
ふわふわとそれを夢見心地に口に含み、目の前のリュカを眺める。
妖精の光に照らされて、少し陰影のついた表情。
彼のその長い睫毛にも影が落ち、どこか憂いのある空気を醸し出している。
思えば、彼は自分のことを語りたがらなかった。
フィリアはじいっと彼の顔を見て、心の中で呟く。
(リュカって、どんな暮らしをして来たんだろう)
「ねえリュカ」
「……何?」
「リュカは、狼の村でどんな生活をして来たの?」
「生活?」
「うん。今、リュカのことをもっと知りたいと思ったの」
リュカはようやく緊張が解けたようにはにかんだ。
「俺のこと……」
「お父様とお母様は?」
「死んだよ。人間の作った細菌で」
フィリアの胸はぎゅうっと痛む。それを察してリュカは続けた。
「とても小さい時のことだから、覚えていなんだ。気づいたらエメに引き取られていた」
「ごめんなさい」
「フィリアが謝ることじゃないよ、気にしないで」
努めて笑顔で言うリュカに、フィリアは余計に縮こまる。リュカは話題を変えた。
「神官になることは前から決まっていた」
「そうなの?」
「フィリアと同じ誕生日に産まれた者が、聖女付きの神官に選ばれる」
「じゃあ、リュカは私と同じ日に産まれたってこと?」
「そうだな。フィリアの生まれた日があと一日違っていれば、別の狼族が神官になっていたはずだ」
フィリアは、自分がこの誕生日でよかったと心底思った。
「……よかった、リュカで」
「そう言ってもらえると、助かる」
「じゃあ旅に出たのは13歳ってことね。大変じゃなかった?」
「まあね。でも狼だから、身の危険は少ないよ。色んなものを見て歩いた。勿論、このお祭りも三年前に見たよ」
「へー」
「とても楽しい祭りなんだ。食べ歩きが出来るし、花火も打ちあがる」
「楽しみ」
「案外、こんな高級なコース料理より美味しいかもしれないよ」
「どんな食べ物があるのかしら」
「それは明日のお楽しみ」
骨付き鹿肉のローストにナイフを入れる。とろりとしたマスタードソースと合わせて齧りつくと、心地いい辛さが相まって、胸が透き通る気がする。
「だから、今日はみんなに誕生日パーティーをしてもらってると思えばいい。そう考えたら、もっと心が癒されるだろう」
「誕生日パーティーって何?」
「誕生日のお祝いだよ」
「……さんざんな誕生日だったわ」
「この記憶で塗り替えればいい。幸せな記憶があれば、難なく生きて行ける」
かりかりふわふわのパンで、皿に残ったソースをすくう。
汚れた皿が白くなるまで。
「俺、頑張るから」
リュカが覚悟を決めたように言った。
「フィリアの嫌な思い出を消せるように」
何種類ものチーズが乗っている皿が運ばれて来て、フィリアはかつての貧相な食事を思い出す。
家族から遠ざけられ、ひとりで貪り食べた日々の食事のことを。
お腹いっぱいになったことなんかなかった。
けれど、リュカの視線があれば、それだって何倍も美味しくなるような気がする。
「……あっ」
最後に運ばれて来たケーキを見て、フィリアは小さく声を上げる。
小さなアーモンドバターケーキの真ん中に、チョコレートの文字で「おたんじょうびおめでとう ニナより」と書いてある。
リュカのケーキにも、同様の文字が躍っていた。
「……粋だな」
リュカが笑い、フィリアもつられて笑う。
「獣人みんなが追放されし聖女のことを大切に思ってるんだよ」
フィリアは笑いながら目をこする。
文字が段々、涙で滲んで見えなくなる。
「だから、頑張ろう」
自分にも言い聞かせるようにリュカが言う。
フィリアは頷くと、バターケーキに銀のスプーンをさっくりと入れた。
空っぽの聖女に、幸せのひとかたまりがようやく入る。
ふとリュカが呟く。
「……あれ」
それから、聖女の顔をじいっと覗き込んだ。
「気のせいかな……髪の色が、少し黄ばんで来たような気がする」
フィリアは笑って見せた。
「自分でも、驚くほど癒されているみたい」
リュカも笑った。




