12.スイーツと狼
湯上がりの聖女は、目の前に並べられた色とりどりのお菓子に目を奪われていた。
ピンクと白とピスタチオ色で作った、花を模した芸術的なチョコレートのアソート。兎の形に型抜きされた、色とりどりのアイシング・クッキー。それから、白い陶器に香り立つ紅茶。
ニナが子どもに言い聞かせるように言う。
「これがチョコレート。これがクッキーで、これが紅茶」
フィリアはそれを口の中で繰り返してから、恐る恐るつまんで口に運ぶ。
「……うまっ」
余りの美味しさに、思わず少女らしささえどこかへ吹っ飛んでしまう。ニナはけらけらと笑った。
薔薇の咲き誇る庭で、ほっとするティータイムだ。
「大抵、昼食と夕食の間に、このお菓子休憩を挟むのだ」
女王はぼりぼりとそれらを貪るように食べる。
「ああ、ほっとする……温泉より、こっちの方が好きかも」
「そうか?温泉も気持ちよかったであろう?」
「うーん」
フィリアは何となく気づいている。
温泉は、もっと気の知れた人と入りたい。
お菓子も、気の知れた人と食べたい。
ふとフィリアは思う。
(リュカは甘いもの、好きなのかな)
「そういえば、リュカ殿はどうした」
フィリアははっと顔を上げた。
「さあ……男湯へ入ったきり、出て来ませんね」
「のんびりしやがって……護衛だと言うのに、気が抜けとる」
「リュカもお茶に誘っていいですか?」
「ああ、勿論だとも。おい、そこの兵士。リュカ殿をここに連れて参れ」
するとちょうどそのタイミングで、王宮の奥から兎耳兵士二名に脇を挟まれたリュカがやって来た。
「姐さん、こいつのぼせてますぜ」
「おやおや。狼は暑さに弱いから、温泉を勧めるべきではなかったか」
「リュカ……大丈夫?」
リュカは少しだるそうにアイアンチェアに腰掛けた。
「ごめん……」
「紅茶じゃなくて冷たいものがいいわね」
「牛乳を出そうか?」
「ありがとうございます」
冷たい牛乳が運ばれて来て、リュカはそれを一気にあおった。
「リュカ、お菓子はどう?」
「んー、いいや。俺、甘いものはあまり……」
ニナは二人の様子を興味深く眺めている。
「二人とも、お疲れだな。今日は宿でゆっくりと休むがいい」
フィリアもリュカも、内心ほっとする。正直、この兎の里の独特のテンションは疲れる。
「部屋も、スイートに変えておいた。宿代は狼の村ではなく、女王が立て替えよう」
「あ、ありがとうございます!」
「食事も部屋まで運ばせる。明日の祭りまで部屋から出なくてもいいいぞ」
至れり尽くせりの宿で、ようやく二人は羽を伸ばした。
「あー、疲れた!」
フィリアは1.5倍になったベッドに身を投げ出す。リュカも別室のベッドで横になった。
「……部屋がふたつあるのね」
ようやくひとりきりになれた。天井には小さなクリスタルのシャンデリア。凝った唐草模様の壁紙は、眺めて飽きる事がない。
この宿のスイートは中央にリビングがあり、二つの寝室を繋いでいた。
ベッドサイドテーブルの引き出しを開けると、何やら覚書が入っている。
「へー。事前に魚か肉かをお伝えください……だって。メニューが選べるのね」
フィリアはそれらがどんな料理かまるで想像がつかない。
「そうだ、リュカに聞こうっと」
フィリアはリュカの寝室にノックしてから入る。
「……リュカ?」
ベッドの上には、眠った白狼のリュカがいる。フィリアは目を輝かせた。
「えへへ。またもふもふしよ」
今日は温泉に入ったので、狼の毛並みも更に柔らかくふわふわになって格別だ。彼が寝ているのをいいことに、思い切りその毛に顔をうずめる。
と。
すー……すー……
フィリアは狼の腹に乗っかったまま、眠ってしまった。旅の疲れが出たのだ。
ふと、リュカが目を開ける。
そこには腹に頭を乗せ、眠りこける聖女がひとり。
リュカは仰向けに体勢を変えると、獣人の姿に戻った。
フィリアの頬と髪の感触が、腹に直接伝わって来る。
リュカは黙って聖女の頭を撫でた。
「……お疲れ様、フィリア」
温泉で洗った、ふわふわの髪の毛。何とも言えないいい香りが漂って来る。
すると。
「んー……」
奇妙な感触にフィリアが目を覚まし、はっと目を見開いた。
「……リュカ!いつの間に目覚めたの!?」
聖女は真っ赤になっている。それを眺め、リュカはにやりと笑う。
「結構前から」
「うそ!」
「フィリアの髪もふわふわ」
「からかわないでよ!」
「いつもやられてるから、お返しだ」
「もう……」
フィリアは立ち上がると、半べそで顔を覆った。リュカは彼女の慌てた様子を眺め、嬉しそうに笑う。
「意地悪なリュカ……何だか、いつものリュカじゃないみたい」
リュカはフィリアに真っ直ぐな視線を向けると、少し改まったように言う。
「本当の俺は、こっちかもしれないよ」
「本当の、俺?」
「その……狼かもしれないよ」
「?」
フィリアはきょとんとし、リュカは彼女の持て余したような反応にむしろ赤くなった。
「やだ、きっとまだのぼせてるんだわ。もっと寝ていた方がいいと思う。睡眠の邪魔をしてごめんね、リュカ」
フィリアはそう言うと、何やら気を使ってそそくさと部屋を出て行く。
静まった部屋に、顔を赤くしたリュカだけが取り残された。




