11.コイバナ!
フィリアは幽閉されていて外の世界を知らなかった。
その「外の世界」は、人間たちの欲のために傷つけられていたのだ。
フィリアはリュカやニナを、「害獣」とは思えなかった。
人とは違う風習や耳をしているが、基本的な部分は人間と何も変わらないではないか。
フィリアは顔を上げると、真っすぐニナに告げる。
「私は、リュカやニナを傷つけたくない」
ニナは頷いた。フィリアは更に前のめりに続ける。
「なぜ人間は、獣人を殺そうとするのかしら。みんな、城壁の中で静かに暮らしているだけじゃない」
ニナは目を閉じると、諦めたような口ぶりで言う。
「ある人間に〝獣人を危険動物とみなす〟という教育をすれば皆そうなる。逆に、獣人に〝人間を殺せ〟という教育をすれば、獣人もそうなるであろう。だが聖女様は、何も与えられず幽閉されていた。それが、人間と獣人を対等に考える聖女を生み出したとも言える」
人間が利用しようとした空っぽのフィリアは、空っぽになることで、特殊な視線を得ていたのだ。
フィリアは初めて、幽閉されていて案外よかったのかもしれないと思った。
ニナはそれを見透かしたように言った。
「人間も我々も、あなたを利用しようという目的は同じだ。しかし、我々の側は人間を滅ぼそうとは思っていない。ここが、人間と獣人の最大の違いと言えるかと思う。我々は、ただ平和に生きたいだけだ。そのために、聖女を癒す。分かってくれたかな?」
フィリアは頷いた。
「ようやく腑に落ちたわ。みんなそりゃ、私を頼ろうとするよね」
「そういうわけだ。ところで聖女様。ガールズ・トークがまだ始まっておらんぞ」
「へ?」
フィリアは呆けた。
「今のがガールズ・トークじゃないの?」
「ああ違う、よく聞け。ガールズ・トークとは、大体三本立てだ。一に恋愛、二にスイーツ、三に美容情報!これに歳を重ねると三が病気自慢・健康情報に変わる!これなのだ!」
フィリアは食らいつくように頷いた。
「は、はいっ。分かりました、温泉でその話をすると、癒されるのですね?」
「そうだ。これがない温泉なんて、温泉を味わい尽くしたとは到底言えない」
「えーと、恋愛……」
フィリアが首を捻っていると、すかさずニナが話題をねじ込んで来た。
「リュカとは、どうなのだ」
「……リュカ?」
フィリアは虚空を見上げる。
「仲良くやってますよ?」
「そうではない。好きなのかどうかだ」
「好きですよ」
「……!それはまことか!」
「美味しい料理を知ってるし、ふわふわしているし、何せ私のために三年も放浪の旅をしていたそうなのです。そんな人を、私は嫌いにはなれません」
「んー?……違うな」
「何がですか?」
「異性としてどうなんだと聞いておるのだ!」
「異性として?それは、どういう……」
「難しいな……聖女様は少し、その辺りの感情が抜け落ちているように思う。人間関係を構築したことがなさそうだからな」
「はい、そうなんです……」
フィリアは少ししょげた。
「まあよい。好きは好きなのだから」
「は、はあ……」
「そうだ。リュカから好きだと言われたことは?」
「んー……」
「何!あるのか!?」
「好きになっていいかどうか聞いたら、好きになってくれていいって言ってました」
「ぐっ……これもなかなかに珍回答だな!」
「チンカイトウ?」
「変な言葉は覚えるな!ま、まあ聖女と従者では……あっちは色々と芯を食えないからなぁ。下手なことを言って、聖女様に逃げられてしまっても困るだろうし」
フィリアは少し肩を落とす。
ガールズ・トークとやらには、余り癒されそうにない。
その気配を察してか、ニナは話題を変えた。
「ええい、次だ、次!聖女様は、甘いものは好きか?」
ようやく楽しそうな話題が飛んで来て、フィリアはすぐさま飛びついた。
「あ、好きです!」
「好物はないのか」
「うーん、人間界ではチーズと牛乳とパンしか食べたことがありません」
「何だその粗末な食生活は!どうりでひょろひょろだと思ったぞ」
「だって、それしか食べさせてもらえなくて」
「いかんいかん、聖女様がそれでは我々を癒す前に、栄養失調で倒れてしまう!」
ニナはざばんと湯船から上がった。
「やはり温泉から上がったら、軽食を取らせよう。聖女様の好物を増やし、効率的に癒しの力を取り戻してもらうのだ!」
フィリアもわくわくしながら湯船から出る。
その時、確かに体の芯があったまっていることに、フィリアは気づいたのだった。
(リュカが言っていた通りだわ……)
一方その頃、リュカは──
隣の男湯で、兎耳大男たちに絡まれていた。
「馬鹿野郎!てめえそれでも漢か!?」
「聖女様によくもそんな口がきけたもんだなぁ、ああん!?」
男湯と女湯は壁を隔てて、声が筒抜けになる構造だった。ガールズ・トークは、漏れなく男湯にも伝わっていたのである。
リュカは歯噛みする。
「うっせー……人の気も知らないで……」
「女の子は兎!寂しいと死んじゃうんだよ!?」
「大男がわめく台詞じゃないだろ!」
「で?実際どうなんだよ、本当のところは」
リュカはその質問を受け、真っ赤になる。
「なんでお前らに教えなきゃならないんだよ!」
「うわっ、何だよコイツ。なかなかにいい青春してやがるぜ?」
「そういうことを考えたら駄目なんだよ……俺は聖女様を癒しの場所に連れて行くための従者で」
「んだとテメーコラ。……別の側面から癒してもいいだろコラァ!」
「もっともらしく言ったところで駄目なんだって……」
すると兎耳兵士が腕を組み、胸筋を得意げに動かしながら洗い場で言った。
「聖女様が知らないキモチを……てめぇが教えてやってもいいんじゃねーか?」
リュカは愕然とし、兎耳大男たちが「さすが兄貴。カッコイイッス!」と口々にはやし立てる。
「茶化すな!……何か間違いでも起こって、フィリアに逃げられたらお前らのせいだからな!」
「お?覚悟が決まったか狼。そのまま狼になっちまえよ」
「ばっ、馬鹿にしやがって……」
とは言ってみたものの、リュカはどこかしんみりと湯面を眺めた。




