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1.聖女フィリアはいらない子

 本当に、これだけなのか。


 フィリアは手元に集めた自分の荷物を見て愕然とする。


 目の前には、自分の頭ほどの小さなボストンバッグ。


 16年間生きて来て、これだけしか自分の物がなかったとは。


「じゃあ、早くうちから出て行ってよフィリア」


 母アントワーヌが軽々しくそんなことを言う。


「城塞都市の外は獣人だらけなんですってよ。あなたはあと数時間の命ね」


 これは本当に母親の台詞なのだろうかと疑いたくなるが、これは紛れもなく母親の台詞であるし、フィリアとしてもそれほど母親が発するに違和感のない台詞なのだった。


「こら、フィリア!」


 次女のエミリーがずかずかと入って来る。


「それは私のボストンバッグよ!?持って行かないでよ」

「あらそうなのエミリー?フィリアったら何やらせても駄目な子ね。自分の荷物の選別すら出来ないなんて。これはスカーフに包んでおきましょう」


 そういうわけでボストンバッグは取り上げられ、スカーフにフィリアの荷物は包まれた。


 更に寂しくなったフィリアの手荷物。


 そこに父オウルが入って来た。


「おい、力なし聖女。日が沈んだら城塞都市から出ろ。いいか?人に見つかるなよ。ヒーラーの家系である我が家が娘を追い出したなんて知れたら、何て言われるか分かったもんじゃないからな」


 そうなのである。


 フィリアは代々ヒーラー家系であるボドリエ家の末娘である。ヒーラーは教会と王家の庇護を受け、その癒しの力で人々の傷や病を癒して来た。父オウルは大病院を経営しており、親戚のヒーラーを集めて国のあらゆる看護手を担っていた。ボドリエ家は古からの由緒正しき良家なのであった。


 普通はヒーラー家系に生まれれば「聖者」「聖女」として癒しの力があるはずなのだが──


 フィリアにはなぜか、その力がなかった。


 しかも、彼女の髪の毛は真っ白であった。


 ヒーラーの血筋は癒しの力が強ければ強いほど、髪の色が黒に近づく。父オウルも黒い髪をしていたし、兄弟姉妹も皆髪が黒かった。


 つまりフィリアには、癒しの力がまるでなかったのである。


 そのため、フィリアは「一族の恥」として部屋に幽閉されて生きて来た。なぜか食事は粗末ながらも定時に与えられるので、体だけは大きくなった。たまに兄のエドが字を教えてくれたので、読むことだけは出来た。それ以外は、特に何も教えられず暇を持て余して暮らしていたのだった。


 しかしそんな日々が、今日、急に終わりを告げた。


 16歳の誕生日。つまり、今日。


 フィリアはいきなり、この人間たちの住む城塞都市ダントンから出ろと命じられたのである。


 この城塞都市の外は、魔物と獣人がひしめく未開の地。


 この都市を追い出されれば、すなわち死を意味した。


 ダントンでは死刑と言えば、追放刑である。


 つまり城塞都市を出ろと少女に言うのは、死刑宣告そのものなのであった。


 いくら不出来な娘とはいえ余りにも惨い仕打ちに、フィリアは反論出来ないし、したくもない。


「さあ、早くここを出よう。城塞の前で、兵士が待っているから」


 フィリアが部屋を出ると、兄弟姉妹が廊下に揃って並んでいた。


 総勢七名。上から長男シャルル、次男エド、三男ドミニク、長女セリーヌ、次女エミリー、三女コレット、四女マルゴである。


 フィリアは八番目の子であった。兄弟たちはフィリアをじっとりとした目で眺め、どこか気まずい空気を醸し出している。


(そりゃそうよね)


 フィリアは思う。


(あなた達の両親は、自分の子どもをひとり殺そうとしているんですから)


 と、次男エドがふらりとこちらに歩き出した。


 アントワーヌが咎める。


「エド、あなた何を」


 黒い髪をひとつ結びにした眼鏡の青年エドは、数枚の銀貨を取り出した。


「これ、あげる」


 フィリアは彼が字を教えてくれたことを思い出し、思わず涙ぐんだ。


「外に出たら、何か食べたいだろうから」


 父オウルが舌打ちをする。フィリアは兄からありがたく銀貨を受け取った。


 去って行く両親と末妹を眺め、長女セリーヌはぽつりと呟いた。


「良かった……八番目に産まれなくて」


 兄弟たちは静かに頷き合う。エドは自分に言い聞かせるように言った。


依代よりしろに選ばれたんだ。ある意味、フィリアは永遠の命を得る」

「ふん。永遠の命なんて、死ぬよりぞっとするわ」


 セリーヌはそう言って、ぎろりとエドを睨んだ。




 屋敷を出ると、既にそこに兵士が待っていた。オウルはひそひそと何やら告げると、末娘を彼らに引き渡した。


 フィリアは訝しむ。なぜ、王宮兵士が彼女を城塞まで連れて行こうと言うのだろう。さっきまで父は「人に見つかるな」と言っていたのに。


 と、フィリアにローブが被せられた。


 罪人用のローブだ。


 フィリアはぼんやりした少女だったが、この瞬間、その異常性に気がついた。


 手荷物ごと腕を縛られ、暗い夜道を歩かされる。これではまるで罪人だ、何の罪も犯していないのに。


 城塞の際までこそこそとやって来て、王宮兵士がようやく口を開いた。


「共に城塞を出よう。話がある」


 フィリアはどきどきと嫌な予感に身を固くする。


 鍵が開けられ、見張りの兵士と彼らは敬礼を交わし、フィリアを挟んだ兵士が門の外へ出た。


 彼らはなぜかそのまま城塞の外を歩いて行く。フィリアは両脇を絞り上げられているので、立ち止まることが出来ない。


 闇の中にぼうっと浮かび上がる城塞都市が背後に遠くなって来た、その時。


 兵士の口から、おぞましい宣言が飛び出した。


「ここでいいだろう。今から、聖女フィリアの遺体を収容する」


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