二度目の初恋が散りました
何度も指輪を引っ張ってみたり、石鹸をつけて外そうと試みてみたが、やはりまったく外れない。
これはもう、ロヴィーの気が済むまで待つしかないのかもしれない。
「……魔道具製作に長けた兄も、考えものね」
とはいえ、ロヴィーに指輪をはめられてから既に二日。
今のところ何の変化もない。
まだ試作品だと言っていたし、失敗作という可能性もある。
そんな希望を持っていたディアナは、散歩で出くわしたユリウスによって、自身の考えの甘さを思い知らされた。
ディアナの左の小指に嵌められた指輪から、眩い火花が飛び散った。
――ときめいたら、静電気を放電する。
そう聞いてはいたが、まさか本当に放電するとは思っていなかった。
しても、せいぜいピリッとするくらいだろうと。
それが、花火もかくやという火花を放ち、同時にビリビリと痺れを感じた。
本来の標的ではないディアナに対してこの威力。
つまり、ユリウスには更なる刺激が訪れたのだろう。
好きな相手のそばにいてときめくなというのは、息をするなと同じこと。
ほぼ、不可能だ。
……終わった。
二度目の初恋が、儚く散った瞬間だった。
早かった。
好意を自覚してから散るまで、実に早かった。
ただでさえ、ディアナは元々嫌われている。
その上、火花を散らして静電気をバリバリ飛ばしてくる、可愛くない十年物の引きこもりだなんて……何の望みもない。
害しかない。
もう、遠くから眺めて楽しもう。
いや、遠い領地から幸せを祈ろう。
そうしよう、それで十分だ。
好かれないとしても、せめて迷惑はかけたくない。
静電気と火花に驚いた様子のユリウスに謝罪して屋敷に戻ろうとすると、手を掴まれた。
「……何?」
「え? あ、いや……」
ユリウスが困惑した様子で言葉に詰まっている。
きっと、突然の凶行に驚いているのだろう。
「本当にごめんなさい。私……帯電体質なの。危ないから、もう近付かないで。話しかけないで」
シスコンによる男除指輪のことを言うわけにはいかない。
ロヴィーの技術云々ではなく、この存在を知られれば、ディアナがユリウスにときめいていると知られてしまう。
嫌いな相手にときめかれた上に火花と電気を飛ばされるなんてただの嫌がらせだし、恥ずかしいので教えたくない。
「――嫌だ」
「……はい?」
何を言われたのかわからず首を傾げると、ディアナの手を引いて体を引き寄せた。
「俺は俺が話したいから、話しかけているんだ。帯電体質なんて、知るか。関係ない」
至近距離の若草色の瞳を暫し見つめると、ディアナは我に返った。
同時に、火花と電気がユリウスを襲った。
「うわっ?」
「ご、ごめんなさい!」
驚いたのか痛みのせいか、ディアナから手を離したユリウスは、すぐに落ち着きを取り戻して笑う。
「ほら、平気だろう? だから、これからも話しかけるからな」
「……う、うん?」
わけがわからないまま返事をすると、ユリウスは満足そうに笑みを浮かべた。
「じゃあな」
手を振って立ち去るユリウスを見送ると、ディアナはゆっくりと首を傾げた。
「……どういうこと?」
嫌いな相手に火花と電気を飛ばされるけれど、気にせず話しかけるということは。
「ユリウスは、被虐趣味があるのかしら……」
二度目の初恋相手のまさかの嗜好に驚きつつ、正面から拒否されないことに安堵したディアナは、ゆっくりと家路についた。
「お帰りなさい、姉様。……どうかしました?」
屋敷に入るなりため息をついたディアナを見て、ララが駆け寄ってきた。
「ちょっとね。呪われているのよ、私」
「呪い? ……あら? 可愛い指輪ですね。ようやく姉様もアクセサリーを身に着けるようになったんですね」
楽しそうにはしゃぐララが、別世界の生き物のように遠く感じる。
「自分で着けたんじゃないわ。兄様のおかげで『レーメルの魔女』から『静電気の魔女』に改名よ」
「どういうことですか?」
ぐったりと疲れた様子のディアナに気付いたララが、心配そうに表情を曇らせる。
「夜会でテイセン侯爵令息に言い寄られたんだけど、それに兄様が過剰反応してね。男除指輪を作ったのよ」
そう言って左手の小指に嵌められた指輪を見せると、ララは首を傾げた。
「……名前、おかしくないですか?」
「おかしいのよ。意味がわからないの。でも、兄様にしか外せないみたいで」
ララはディアナの手を取って指輪を見ているが、日頃ほとんど魔道具に関わらないララではよくわからなかったらしく、すぐに手を放した。
「それで、一体どんな効果なんですか?」
「それが、装備者の鼓動が速まると……つまり、ときめくと静電気を放つの」
「静電気ですか。ピリッとしたら、確かに離れるかもしれませんね。まあ、発動条件がおかしいですけれど」
ディアナもそう思っていたのだが、現実は厳しかった。
「それが火花と共に私にまで痺れが来るほどの威力でね。……ユリウスは相当痛かったと思うわ」
「――ユリウス様に、放電ですか」
ララに復唱されて、ディアナは自分の失態に気付いた。
男除指輪で静電気を放ったということは、ユリウスにときめいたという事ではないか。
「あ、あのね! ちょうど散歩をしていたらユリウスに会って。そこで大きな虫が飛んで来たものだから、びっくりして。そうしたらビリビリッと」
「――詳細はいいです。行きますよ、姉様」
常ならぬ低い声に、ディアナは背筋に寒気を感じたような気がした。
「い、行くって。どこに?」
恐る恐る尋ねると、ララは満面の笑みを返してきた。
「もちろん、兄様の所ですよ。――お仕置きです」







