兄がときめきリングを作りました
「……十年ぶりの王都はどうだ?」
「え? いえ、王都に来るのは一年ぶりよ」
「――は?」
ユリウスがそれまでの優雅な様子から一変して、声を上げた。
「社交界デビューのために来たわ」
「そんなはずはない。あの舞踏会にディアナはいなかった」
「よく知っているわね」
社交界デビューする子息令嬢やその親、主要な貴族も集まっただろうから、相当な参加者の数だったはずなのだが。
「あ、いや。う、噂で聞いた」
「そうなの。……私は体調を崩していたから、後日陛下に直接ご挨拶するという形で済ませたのよ。後はすぐに領地に帰ったし」
次の年に回しても良かったのだが、国王の方から声がかかったので王都に赴いたのだ。
レーメル子爵家と『レーメルの魔女』の名が効いたらしく、特例のようだった。
「そんなの、デビューじゃないだろう」
「でも、陛下が認めてくださったし。それに領地の夜会にも出ていたから、一応社交はしているし」
「――何?」
何故かユリウスは更に驚いた様子で口を開けている。
「誰かと踊ったのか?」
「そりゃあ、誘われれば踊るわよ」
肯定した瞬間から、ユリウスの眉間の皺が酷いことになっている。
これは、どうせダンスを踊れないだろうと言いたいのか、それともダンスを踊れたことに驚いているのか。
どちらにしても、表情から察するにあまりいい感情ではなさそうだ。
「それじゃ、王都の夜会には慣れていないだろう。恥をかかないようにしないとな」
既に夜の庭に一人という失態を犯しているディアナへの、嫌味だろうか。
「別に問題ないわ。夜会には出ないから」
「そんなことじゃ、将来のお相手が見つからないぞ」
確かに、年頃の令嬢にとって社交というのは、ほぼ伴侶探しといってもいい。
ララが自分磨きをしているのも、より良い相手に巡り合うためだ。
だが、ディアナにはその意欲がなかった。
「結婚しないからいいわ。幸い、手に職はあるし。これでも『レーメルの魔女』と呼ばれているのよ」
「知っている」
そう言えばそうだった。
さすがに同じ業界の中なので、耳にしたことがあったのだろう。
「その髪色からしても、魔力に相当恵まれているんだろう?」
「まあ一応ね。だから、結婚しなくても問題ないわ。……どうせ私は可愛くないから、貰おうという人もいないだろうし」
思わずぽろりと愚痴がこぼれると、ユリウスが言葉に詰まった。
その様子を見て、もしかして憶えているのだろうかと驚いていると、ユリウスはため息をつく。
「……そう、だな」
どうやら昔のことは憶えていないらしい。
ユリウスにとっては、その程度のことだったのだ。
幼いユリウスは事実を述べただけだし、今のユリウスも正直に答えただけだ。
ただそれだけなのに、なぜこんなに悲しいのだろう。
ディアナは自嘲のため息をつく。
理由なら、薄々わかっている。
――ユリウスに好意があるからだ。
初恋で失恋の相手。
ディアナのことが嫌いな相手。
……何て、不毛な想いだろう。
「そうよ。それじゃ、さようなら」
二度目の初恋に背を向けると、ディアナは逃げるように足早に立ち去った。
「ついに完成したよ、ディアナ!」
屋敷に到着するなり使用人に案内された先には、満面の笑みのロヴィーがいた。
「完成って? そう言えば最近姿を見なかったけれど、ずっと作業をしていたの?」
促されるままにソファーに座ると、隣にロヴィーがやって来た。
「そうだよ。ディアナに寄り付く虫を撃退しないといけないからね。まだ試作品だが、これでいけそうならララの分も作るつもりだ」
「撃退って何? 何を作ったのよ」
ディアナの問いに、待ってましたとばかりに懐から何かを取り出した。
「装着者の鼓動が速まると――つまりときめくと周囲に静電気を飛ばす、名付けて男除指輪だ!」
「名前がおかしいわよ」
男性を除けたいのか、ときめきたいのかよくわからない。
黄色い石のついた銀の指輪を掲げたロヴィーは、まったく気にする様子もなく楽しそうだ。
「装着者の魔力を吸って自動的に発動するから、いちいち魔鉱石に魔力補給する必要もなし。あらかじめ設定した人物以外には外せない安全設計。どうだ、素晴らしいだろう」
「補給なしは凄いけれど、自由に外せないのに何が安全なのよ。……いえ、そもそも何で静電気を飛ばそうとしているの」
『レーメルの奇才』と呼ばれるだけあって、ロヴィーの技術力はかなりのものだ。
だが、今回は目的がよくわからないし、効果も意味がわからない。
「だから、ディアナに近付く虫を静電気で追い払うんだよ」
「虫って何」
「色ボケ坊主を筆頭に、世の野郎共全般」
真剣な顔をしたロヴィーは、いつの間にかディアナの手を取ると、左手の小指に指輪をはめる。
「あ、ちょっと。勝手につけないでよ」
慌てて外そうとするが、何故か指輪はまったく動かない。
「何これ、外せない」
「そう、今回設定したのは俺。つまり、俺が外さない限り、この指輪はディアナを不埒な虫から守るんだ!」
得意気にそう言うと、ロヴィーは立ち上がる。
「わけのわからないことを言っていないで、外してよ」
「駄目」
「外して」
「嫌だ」
ディアナが睨みつけても気にする様子もなく、ロヴィーは部屋を出て行ってしまった。
『レーメルの奇才』の名は伊達ではない。
恐らくディアナではこの指輪を外せない。
というか、国中探しても恐らく外せる者はいないだろう。
「……面倒なことになったわね」
色ボケ坊主とか言っていたから、恐らく以前の夜会でトビアスがディアナに言い寄った件を根に持っているのだろう。
シスコンが技術を持つと、ただひたすらに厄介だ。
小指に光る指輪を見ながら、ディアナは大きなため息をついた。