助けてくれたのは
「腕は痛くない?」
「大丈夫です。あの、ありがとうございました」
黒髪の少年はほっと息をつくと、すぐに表情を硬くする。
「夜会の最中に一人で庭に出るなんて、不用心だ。気を付けた方がいい」
「はい」
確かに、そうかもしれない。
魔道具に夢中だったのと、まさかディアナに言い寄るような男性がいるとは思わず、うっかりしていた。
今日のディアナはララのおかげで女子力が水増しされて底上げ中なのだから、それなりに気を付けなければいけなかった。
考え込むディアナに、少年は表情を緩めてため息をつく。
「……間に合って良かった。さあ、あまり長居すると体も冷えるし、屋敷の中に戻ろう」
「私はもう少しここにいますので、お先にどうぞ」
「はあ? 今の話を聞いていたか?」
「でも、せっかくの機会なので、この魔道具を見ていきたいのです」
少年は眉を顰めて、肩を落とした。
「さすが『レーメルの魔女』と呼ばれるだけあるな」
「あら、よくご存知ですね。魔道具関係者でもなければ、馴染みのない呼称だと思いますが」
「そりゃあ、魔道具関係者だからな」
意外な言葉に目を瞠るが、よく考えればレーメルもロークも一族以外にも職人を抱えている。
少年自身が職人ではないとしても、家族や親戚に関係者がいてもおかしくはない。
「でしたら、気持ちは理解していただけるでしょう? もう少し見ていきたいのです」
「……わかった。仕方ないから、付き合ってやる」
別に一緒にいて欲しいわけではなかったが、たしかに一人でいてはまたトビアスのような仮の女子力に騙された人間が現れるかもしれない。
「ありがとうございます」
一言礼を言うと、そのまましゃがみこんで魔道具を見始める。
やはり光源は二つだが、これはその分魔鉱石を大きくしているのだろうか。
石の大きさと魔力の容量は比例すると考えると、必要な魔鉱石の量は……。
「……なあ。俺に言う事はないか?」
「先程はありがとうございました」
まったく感情のこもらない返答をすると、また魔道具に意識を集中する。
ある程度の稼働時間を確保しようとすると、それなりの大きさの石になる。
だが、それでは照明としての大きさのバランスが……。
「そうじゃなくて」
「付き合っていただき、ありがとうございます」
いや、これはあくまで照明で、単純に光るだけでいい。
となれば、最初の魔鉱石の加工の時点で……。
「それでもなくて」
少年がいちいち話しかけてくるせいで、いまいち集中できない。
魔道具が見たいと言っているのに、何なのだろう。
仕方なく振り返ってみると、何故か少年も一緒に座り込んでいた。
目の前に少年の整った顔があり、ちょっとときめいてしまったディアナは慌てて顔を背けた。
遠目にも整った容姿だとは思っていたが、やはり格好良い。
「本当にわかっていないのか、俺のこと」
少し非難めいた響きに驚いて少年を見ると、声音の通りに浮かない顔つきだ。
「有名人、ですか?」
あれだけ女性を侍らせていたのだから、そういう意味で有名なのだろうか。
でも魔道具関係者らしいし、どういうことだろう。
よくわからずに悩んでいると、少年はがっくりと肩を落としてうなだれている。
「――ユリウス」
「はい?」
首を傾げると、勢い良く顔を上げた少年がまっすぐにディアナを見つめる。
「ユリウス・ロークだ。……さすがに名前は憶えているだろう?」
「ユリウス……」
ユリウスという名で思い出すのは、初恋にして失恋の相手のユリウス・ローク。
黒髪に若草色の瞳で、顔はもう覚えていないが美しい少年だった。
そう、目の前の少年のような、黒髪に若草色の瞳の、整った容姿の……。
「――ユリウス?」
初恋と失恋の相手にまたときめくとか、どれだけ好みなのだ。
もう顔は忘れていたけれど。
思わず立ち上がると、再び立ち眩んでしまう。
ユリウスが肩を支えてくれたが、トビアスの時と違って頬が赤くなるのがわかり、慌てて離れた。
「ようやく思い出したのか、ディアナ・レーメル」
不敵な笑みを浮かべたユリウスは、楽しそうにこちらを見ている。
「だって、もう十年も前の話だし。あの頃はもっと小さかったし」
「そりゃあ、十年経てばそうなるだろう」
「大体、なんでユリウスは私のことがわかったのよ?」
「……そりゃあ、わかるさ」
ユリウスは急に語気が弱まり、目を伏せた。
何故か悲しげな様子だが、理由がわからない。
「ユリウス?」
「……何でもない。それにしても、十年も引きこもっていたのに、何で出て来たんだ」
引きこもり。
まあ確かにそう言われればそうなのだが、ユリウスの口から聞くと、結構堪える。
「兄様に、王都に呼ばれたから」
「呼ばれた? 呼ばれたら来るのか?」
「呼ばれたんだから、来るわよ」
無意味な問答を終えると、今度は何やらショックを受けた様子だ。
一体何なのだろう。
「……俺の、十年……」
「ねえ、どうしたの?」
「……魔道具馬鹿は、これだから」
ぽつりとこぼされた言葉に、ディアナはむっとした。
「何よそれ。そっちだって魔道具一族でしょう」
「俺は十年も引きこもらない」
何で喧嘩腰なのだ。
苛立ちはするが、助けてもらった恩はあるし、諍いを起こしたくはない。
とりあえず、距離を取るべきだろう。
「……そうですね。田舎者には、夜会は華やかすぎて疲れるので、もう帰ります。ごきげんよう」
格好良くなった初恋の人に再会して、助けてくれて、ちょっとときめいたのに。
何だか温まった心に冷水を浴びせかけられた気持ちだ。
まあでも、そうか。
ユリウスは元々ディアナが嫌いなわけだし、助けてくれただけありがたいのかもしれない。







