お腹いっぱい胸いっぱい
「ディアナ。とても良く似合っている」
「――言わないで。何も言わないで」
ディアナはユリウスの顔の前に手をかざし、危険な言葉が出るのを慌てて止めた。
今日のディアナは、水色のドレスだ。
胸から裾にかけて色が濃くなるグラデーションの生地が美しい。
全体に真珠色のビーズが散りばめられており、水飛沫の様で爽やかだ。
手袋は白、靴はドレスの裾と同じ濃い水色。
寒色の装いは、ディアナの薄紫色の髪にとてもよく馴染んでいた。
……ここまではいいのだ、ここまでは。
問題は髪飾りと首飾りだ。
髪飾りは宝石で作ったいくつかの輪を重ねたデザインで、シンプルだが華やかだ。
首飾りも同様に宝石を使っているが、こちらも小粒ながら沢山の石が連なって揺れる様は美しい。
そして、その石はすべて鮮やかな若草色の橄欖石だった。
もう一度言う。
若草色の橄欖石だ。
ディアナを笑顔で見つめるユリウスの瞳もまた、若草色。
……つまり、そういう事だ。
ララが箱からこの髪飾りと首飾りを取り出して来た時には、唖然としてしまった。
確かにユリウスのことは好きだが、だからと言って勝手に瞳の色と同じ装飾品を身につけるなんて、さすがに図々しくはないか。
だが、訝しむディアナに、ララはとんでもないことを告げたのだ。
「急いで作らせた甲斐があったよ」
ユリウスが微笑んだせいで、静電気と火花があたりに飛び散る。
ララにそれを告げられた時にも、指輪から火花が飛び散った。
ときめいた相手はララではないが、さすがに見逃せなかったということかもしれない。
律儀に働く男除指輪が憎らしい。
「だから、何も言わないで」
「はいはい。それじゃあ、行こうか」
ユリウスに促され、馬車に向かう。
あっさりと話を切り上げてくれたのは良いが、これはディアナの心中を察してくれたのだろうか。
だとすると、照れているのを理解しているということで……それはそれで恥ずかしい。
馬車に乗り込むと、正面に座ったユリウスをちらりと見る。
今日のユリウスの装いは黒がベースで、落ち着いた色合いのせいでいつもよりも大人っぽくて格好良い。
そして、胸元には二つの宝石が寄り添うように付けられている。
ユリウスの瞳の色である若草色の橄欖石と、ディアナの瞳の色である藍色の藍晶石が並んでいるだけで、もうお腹いっぱい胸いっぱいである。
「ユリウス。あの……これ、ありがとう」
どうにかときめきを抑えて装飾品のお礼を言うと、ユリウスは嬉しそうに微笑んだ。
「どういたしまして。今度は、一緒に選んでくれると嬉しい」
「う……うん」
それはもう、ただの友達ではない気がする。
ときめきと疑問が交錯して、静電気と火花が放たれる。
慣れた様子でそれらを手で振り払うユリウスに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
この調子でいくと今日も会場を破壊しかねないので、気を引き締めなければいけない。
本当ならユリウスに好意を伝えて、もっと心躍る夜会になるはずなのに。
ララの言うようなイチャイチャとまでは言わないまでも、心ゆくまでときめいていられるのに。
ディアナは恨みを込めて左手の小指にはまった指輪を見つめると、小さくため息をついた。
夜会会場では、ただひたすらにときめかないよう努力をした。
ユリウスの顔をしっかり見たらほぼアウトなので、さりげなく視線は合わせないようにする。
手に触れたりダンスをする時には、先日のシャンデリア爆破のことを思い浮かべて意識を逸らした。
思い出し過ぎて何だか切なくなり、自然と俯きがちになってしまう。
それでも一緒にいて話をすれば、どう足掻いてもときめく時がある。
幸い、ディアナの努力の甲斐あって小さな火花と静電気だったので、何とか事なきを得た。
だが、毎度これではディアナの疲労が酷いし、ユリウスにも失礼だろう。
何にしても、男除指輪がすべての元凶だ。
ユリウスの隣に立ちながら指輪に視線を落とすと、ディアナの口から自然とため息がこぼれた。
緊張すれば、生理現象が近くなるのが人間だ。
何度目かのトイレに行き、会場に戻ろうと歩いていると、途中の庭で足が止まった。
「あの照明の魔道具、見たことがない形だわ。ローク製かしら」
庭に設置されたそれは、それなりに古そうだったが形が珍しくて気になる。
見た目通り古いのだとしたら、整備が行き届いているのか、それとも耐用年数が長いのかもしれない。
だが、一人で庭に降りて確認するのは良くないと以前たしなめられたし、やめておいた方がいいか。
ローク製だとすればユリウスがわかるだろうから、後で聞いてみよう。
魔道具の話ならときめかないので、一石二鳥だ。
早速会場に戻ろうとすると、目の前に見覚えのある男性が立っていた。
「お久しぶりですね、ディアナ嬢」
「お、お久しぶりです……」
ディアナの前に立つのは、トビアス・テイセン侯爵令息だ。
庭の魔道具を観察中に絡まれて以降は会うこともなかったが、まさかこんなところで会うとは。
とりあえず笑顔を浮かべつつ礼をして無難に立ち去ろうとすると、すれ違いざまに左手を握られた。







