妹が厳しいです
「それで、私の所に来たわけですね。そんなに真っ赤な顔をして」
ララの自室を訊ねて事情を説明し終わる頃には、ディアナの顔は見事に真っ赤に染まっていた。
「そうよ。もの凄く不本意だけれど、他に方法を思いつかないのよ」
「そんなに頬を染めているのに、男除指輪は反応しませんね」
必死なディアナに対して、ララは何だか余裕があるのが悔しいし恥ずかしい。
「そりゃあ、ララにときめいているわけじゃないから」
「そうですよね。姉様がときめいているのは、ユリウス様ですからね」
「うっ」
ララの鋭い一撃に、思わず胸を押さえる。
シスコンだと思っていたのに、意外とキツイことを言って来た。
「何て顔をしているんですか。どちらかと言えば褒めているんですよ。恋する乙女として正しい反応です」
「……やめて。その言い方、やめて……」
思わず両手で耳を覆ってしまう。
確かにディアナは十年前にユリウスに初恋をしたし、今現在も好意がある。
仕分けすれば恋する乙女の分野に入るのは間違いないだろう。
だが、それとこれとは話が別だ。
ときめくと爆発する指輪を身につけ、妹経由で好きだけれど素直になれないと伝えてもらおうとしているのだ。
恋する乙女というよりも、呪われた女と言った方が正しいのではないか。
深いため息をつくディアナを見ながら、ララはにこにこと微笑んでいる。
「大体、何でララはそんなに楽しそうなのよ」
「そりゃあ姉様の恋と、ユリウス様の長年の片思いが実るわけですし。それに、変な男よりもユリウス様の方が安心ですからね」
何だか視点が母親に近い気がして、釈然としない。
「……ん? 長年の片思いって、何?」
確かにユリウスは初恋継続中だと言っていたが、何故それをララが知っているのだろう。
「ユリウス様を見ていればわかる、と言ったじゃありませんか。昔から、やたらと姉様のことを気にして聞いてきたんですよ」
ララの爆弾発言に、ディアナは呆気に取られてしまう。
それでは、ユリウスは本当にずっとディアナを想っていてくれたのか。
別に疑っていたわけではないが、第三者から改めて言われると破壊力が増す。
「そんなの、初耳よ」
「初めて言いましたから。……さて、姉様。明後日ユリウス様と夜会に出掛けるのですよね? ドレスと髪型について、じっくりと話し合いましょう」
もしかすると、頼む相手を間違えたのかもしれない。
満面の笑みで手を握ってくる妹を見て、ディアナは少しばかり後悔をした。
そして二日後。
ディアナの夜会の支度を手伝いながら、ララはため息をついた。
「思った以上に、ユリウス様は多忙ですね」
ディアナの髪を梳かしながら、ララがため息をつく。
「何? 突然」
「何度かローク邸に行ったのですが、いつも行き違いで。例のアレを、まだ伝えられていないのです」
アレとは、ディアナが好意を上手く伝えられないという恥ずかしいアレだろう。
早く伝えた方がいいのだろうが、まだユリウスは知らないという事実に、少しばかり胸を撫でおろす。
「両想いでラブラブ夜会のチャンスを、逃したくはないのですが。……いっそ、私が手紙を書きますので、馬車で読んでもらうというのはどうでしょう」
――何だ、その羞恥プレイ。
突拍子もない提案に慌てて立ち上がりそうになるのを、肩を抑えて椅子に戻される。
「髪が千切れますよ、姉様。大人しくしてください」
「だ、だって。ララがおかしなことを言うから!」
「ユリウス様に伝えるように頼んだのは、姉様じゃありませんか」
そうはそうなのだが、何も向かい合った密室で手紙を読ませる必要はないだろう。
それに行きに手紙を読めば、夜会会場ではディアナの気持ちを知られた状態ということだ。
かえって男除指輪で大爆発の危険が増す気がする。
「夜会が終わってからでいいわ。というか、お願いだからそうして」
少しでも心を落ち着けたいが、そのためにはユリウスを見なければいいのではないだろうか。
ララに懇願しながら作業用眼鏡に手を伸ばすと、勢いよくその手を握られた。
「……姉様? 眼鏡をどうするつもりですか?」
「どうって。眼鏡はかけるものよ?」
眉間に皺を寄せたララは、大きなため息をつくとディアナの手から眼鏡をもぎ取った。
「今からユリウス様と夜会でしょう? イチャイチャするのに、眼鏡は必要ありません!」
「イ、イチャイチャなんてしないわ。大爆発するじゃない!」
「爆発しなければしたいのですね?」
「う」
何だろう、最近妹が厳しい。
イチャイチャしたいかと聞かれたらそんなもの――したいに決まっているではないか。
ディアナだってユリウスが初恋で、今も好きなのだから当然だ。
だが、そんなことをすればユリウスは大爆発に巻き込まれること必至である。
大体、ディアナとユリウスはただの友人だ。
まずは好意を伝えないことには話にならないが、色んな意味でハードルが高い。
羞恥心と恋心と爆発の板挟みで言葉に詰まったディアナを見て、ララはにこりと笑みを返す。
「眼鏡で平常心を保つのと、あわよくばユリウス様の姿をぼかす意味があるのでしょうが、許しません」
何と、眼鏡の目的まで見抜かれている。
ディアナが衝撃を受けていると、眼鏡をさっさとしまったララが何やら箱を取り出して来た。
「ユリウス様宛ての手紙を書かれたくないのなら、大人しくしてくださいね。姉様」
ララの微笑みを怖いと思ったのは、初めてかもしれない。
ディアナは笑顔に気圧されて、ただうなずくことしかできなかった。







