初恋は継続中です
「ユリウス……?」
ついにディアナの脳は幻覚を見せ始めたのだろうか。
やたらとリアルなのは、ユリウスへの気持ちゆえかと思うと、我ながら恥ずかしい。
黒髪の美少年はディアナの隣にしゃがむと、若草色の瞳でじっと見つめてくる。
「――やっと会えた」
「本当ね」
さすがは幻、ディアナに優しい言葉選びだ。
感心しつつ答えると、少年は驚いたように目を瞠った。
「そう返されるとは思わなかったな」
「……あれ? 本物?」
「当たり前だろう」
確かに幻覚にしてはリアルすぎるが、それよりも何故ここにいるのだろう。
レーメル子爵領は王都からそれほど離れていないが、ローク伯爵領とは真逆の方向なのでユリウスが通る理由もない。
「魔道具製作の打ち合わせか何か? それとも、魔力補給作業で呼び出しとか?」
考えられる理由を挙げていくが、ユリウスは首を振る。
「違う。ディアナに会いに来た」
「ああ。『レーメルの魔女』に依頼ということね」
ということは、やはり魔力補給関係だろうか。
仕事の気配に立ち上がると、スカートについた草を叩き落とす。
「だから違う。魔道具関係じゃなくて、ディアナに会いに来たんだ」
ユリウスも立ち上がると、肩を竦めてため息をついた。
「おまえは放って置くと、十年領地にこもる。もう、待っていられない」
そう言うと、ディアナの右手にそっと触れる。
ひんやりとした手が心地良かった。
「初恋だって言っただろう? ……今も継続中なんだよ」
嘘みたいな言葉に、ディアナは固まる。
頭をフル回転させて意味を考えるが、どうしてもディアナの都合の良い方向にしか進まない。
「……それって」
掠れた声を絞り出すと、ユリウスは握っていたディアナの右手に触れるか触れないかの口づけを落とした。
「――好きだ、ってこと」
若草色の瞳に見つめられ、ディアナの鼓動が跳ねた。
その瞬間、辺りに火花が飛び散り、爆発音と共に跳ね上げられた川の水が降り注ぐ。
「ディアナ!」
ユリウスに引き寄せられ、ディアナは抱え込まれる。
おかげでときめき第二波が生じ、二度も川の水が舞い上がる羽目になった。
久しぶりだが、男除指輪の力はまったく衰えていない。
ここでユリウスに好意を伝えようものなら、何が起こるかわからない。
何せ、現在進行形でときめきを全力で抑えているのだから。
「……相変わらず、帯電体質が凄いな」
「ご、ごめんなさい」
ディアナを庇ったぶん、ユリウスはずぶ濡れと言ってもいい状態だ。
これ以上の被害を抑えるべくじっとときめきに耐えていると、ユリウスのため息が聞こえてきた。
「俺のこと、嫌いか?」
とんでもない。
二度目の初恋にも破れたのに、未だに好意を捨てきれずにいたくらいだ。
ディアナが勢いよく首を振ると、水飛沫が飛んだ。
「なら、今は友達でいいから。……そばにいさせてくれ」
ユリウスからの更なるときめき攻撃に、震えが走る。
今にもときめきそうな自分をどうにか抑えると、ゆっくりとうなずいた。
友達、友達だから。
だから、大丈夫、これ以上はときめかない。
せめてこの指輪が外れて、ユリウスに危険がなくなるまでは。
頬を染めながらうつむくディアナの頭を、ユリウスは優しく撫でた。
「お帰りなさい、姉様。ユリウス様に教えた甲斐がありました」
満面の笑みでララに出迎えられたディアナは、複雑な思いを噛みしめる。
結局、ユリウスに説得されて王都の屋敷に戻ってきたのだが、この様子だとララがディアナの行き先を教えたらしい。
「ユリウス様が迎えに行ったんですよね? 良かったですね、姉様。一緒に帰って来たんですか?」
「抜けられない仕事があるって先に帰ったわ。私も荷物をまとめたり、色々あったし。それより……気付いていたの?」
ユリウスが聞きに来たのか、ララが教えに行ったのかはわからない。
だが、どちらにしてもディアナが好意を持っていると知らなければ、取らない行動だ。
男除指輪の件でバレている気はしていたが、こうして明らかにされるとやはり恥ずかしい。
「ユリウス様はバレバレだったので、すぐにわかりますよ。それを踏まえて姉様を見ていれば、大体わかります」
「じゃあ、兄様も?」
「それはありません」
ララは肩を竦めると首を振った。
「兄様は魔道具製作の奇才ですが、そちらの方向はまったく才能がありません。……今回のシャンデリアの件でさすがに反省したようで、王城に姉様以上の額を寄付していますし、ユリウス様にも謝罪しています」
「しゃ、謝罪? 謝罪って――何を?」
まさか、『妹が君にときめいた結果、指輪の力で爆発してシャンデリアが落ちた』と言ったのだろうか。
怯えるディアナに気付いたらしいララは、困ったように笑った。
「さすがに男除指輪の件は伏せてありますよ。姉様を守ってくれたことに対するお礼と、そのせいでユリウス様が火傷を負ったたことに対する謝罪です」
「あ、そう。良かった。……ユリウスの火傷、大丈夫そうだった?」
「あれ、本人に聞いていないんですか?」
「聞いたわ。でも、大丈夫だって、見せてくれないの」
ならばせめて治療費だけでもと訴えたのだが、それも却下されてしまった。
見る限りでは普通に動かしてはいたが、実際に見ていないので心配である。
「ユリウス様にとっては、名誉の負傷なのでしょうね。……私も兄様も聞きましたが、痕が残るようなものではないし、十日もあれば消えるだろうって言っていましたよ」
「そう。……それなら、良かった」
ユリウスはローク三兄弟として名を知られる魔道具製作の腕前だ。
火傷のせいで今後の仕事に影響が出たり、痕が残ったらと心配だったが、そこまで酷くはないと聞いて少し安心できた。
「……上手くいくと、いいですね」
何をとは言わずとも、ララが言いたいことは伝わってくる。
「でも、この指輪があるから」
好きだと言われただけであの爆発だ。
ディアナが告白しようとしたら、更なる被害が予想される。
そばにいるだけでも、ユリウスに危険が及ぶ可能性があるのだ。
「本当に兄様は、ろくなことをしませんね。姉様が大切なのはわかりますが、やりすぎです。姉様がいない間に、みっちりとお説教しましたから、安心してくださいね」
みっちり、の部分で何故か拳を何度か振り下ろす動きをしているが、一体何をしたのだろう。
「ララは信用されているのよね」
「違います。散々戦った後です。そこに姉様が来たんですよ。姉様は一応、兄様の指示を守っていますから、嬉しかったのだと思います」
「……困った兄様ね」
「どうにか指輪を外す方法を探しましょう。兄様も、姉様が領地に帰ってからずっと早寝早起きで、解析と対策に没頭しています。……できればユリウス様に事情を伝えた方がいいのでしょうが」
「……ちょっと、まだ無理。危険だし」
男除指輪のせいでときめくと静電気が起きると伝えるのは、ほぼ『好きです』という告白だ。
無の心で欠片もときめかないならば可能だが、まず無理だろう。
内容からして史上最大の爆発が起きかねないので、できれば避けたい。
これ以上、ユリウスに傷を負わせるわけにはいかない。
「まあ、そうですよね。それでは、私は兄様をつついてどうにか指輪を外す方法を考えてもらいます」
「ありがとう。私も色々試してみるわ」
好きだと言ってくれたユリウスのため。
長年の想いがくすぶっているディアナのため。
そして周辺の安全のため。
指輪を外すことが、目下の最重要課題となった。
 







