領地に戻ります
ほぼ無言で帰宅したディアナは、すぐにドレスを着替えた。
ララとロヴィーはまだ帰宅していないが、あの騒ぎでは恐らく二人もじきに帰ってくるだろう。
「……ときめきが静電気どころか、爆発になっているわ」
段々火花と静電気が強くなっている気はしていたが、杞憂ではなかった。
このままユリウスのそばにいれば、危険に晒してしまう。
王都にいれば、魔道具の整備で王城に呼ばれて会ってしまうこともあるだろう。
原因の対策ができないのなら、距離を取らなければいけない。
ディアナは諸悪の根源である男除指輪を引っ張ってみるが、やはり抜けなかった。
ため息をついて指輪を見ていると、ララとロヴィーが帰宅してきた。
早速二人の元に向かい、指輪を取ってほしいと懇願すると、ロヴィーが試行錯誤を繰り返す。
だが、指輪はまったく外れる気配もなかった。
「駄目か。やはり、ディアナの魔力と妙な噛み合い方をしているな。どうしたものか……」
「兄様、どうにかしてください。姉様がかわいそうです」
「そうは言ってもな。あとはどうしたら取れるのか……」
「……私、領地に戻るわ」
ディアナの一言で、ロヴィーの胸倉を掴みそうな勢いのララの手が止まった。
「舞踏会でシャンデリアが落ちたのは、私のせいだわ」
「まさか。あのシャンデリアは王城が建てられた当初からの品で、老朽化していた。帰りに少し話を聞けたが、他のシャンデリアも同じ状態らしくて危険だからと舞踏会は中止になったくらいだ」
「仮に偶然だとしても、きっかけは私だと思うの」
火花と静電気が強まっていることを説明すると、ロヴィーは困惑の表情で頭を掻いた。
「ディアナの特殊な魔力で、指輪が変質してしまったのかもしれない。だから設定を変えても解除しても受け付けないのか。……もし指輪のせいでシャンデリアが落ちたのなら、それは俺のせいだ。ディアナ一人で責任をとることじゃない」
ロヴィーはそう言って、ディアナの頭を撫でた。
「……ところでディアナ。火花がでるということはつまり、ときめいたということかい?」
急に鋭い眼差しを向けられたが、何故こんな時に余計なことを思い出すのだろう。
「あ、あれだけ視線を浴びれば、緊張してドキドキするのは当然よ。私は田舎育ちなんだから!」
「それもそうか」
必死に訴えると、ロヴィーはあっさりと納得してくれた。
その横でララがにやにやしているが、あれは見ないようにしておこう。
「危ないから、人が少なくて落ち着くところに行きたいのよ。領地なら工具も揃っているから、指輪を外せるかもしれないし」
ロヴィーに外せないのなら、他の策を探りつつ、安全確保のための退避が最善だろう。
縋りつくララを押しとどめて、ディアナは翌朝一番に領地に戻った。
このままではユリウスに怪我をさせる、そう思うと同時にユリウスに会えなくなると考えている自分が浅ましい。
小さい頃のディアナが初恋だと言っていたが、本当だろうか。
嬉しいと思う反面、その続きを聞くのが怖かった。
ユリウスは幼少期の暴言を詫びただけなのだから、過剰な期待してはいけない。
それに、この指輪をしたままではユリウスに近付けないのだから、どうしようもないのだ。
領地に戻ったディアナは、穏やかな日々を送っていた。
到着した当初は男除指輪を外すために試行錯誤を繰り返した。
魔力の調整、設定の上書き、物理的な破壊も試みたが、どれもまったく効果がなかった。
思いつく限りの対処を試し終えた今では、領地での生活リズムに体が戻り、すっかり平穏な日々を享受する日々である。
結局シャンデリアの件は、ほとんどの物がいつ落ちてもおかしくない老朽具合だったらしい。
ディアナの静電気爆発がきっかけの可能性はあったが、無関係の場所のシャンデリアも既に傾いていたこともあり、不問にされた。
それでも罪悪感があったディアナは、シャンデリアの修理に充ててほしいと幾ばくかの寄付をしている。
『レーメルの魔女』としてそれなりに稼いでいたが、まともに使うのはこれが初めてだった。
「もう、このまま領地で職人として一生を終えれば問題ない気がしてきたわ」
ユリウスと話をしてみたい気持ちはあるし、会えないのは寂しい。
けれど一切ときめかずにそばにいるなんて不可能だし、怪我をさせるくらいなら離れた方がいい。
ユリウスはモテるみたいだし、幼少期に関わっただけの田舎者のことなどすぐに忘れるだろう。
そう思うと少し安堵し、同時に切なくもなった。
その日、作業を終えたディアナは、別館を出るとそのまま散歩に出かけた。
小川のそばまでやって来ると、そのほとりにごろりと寝転がる。
子爵令嬢としてはあるまじき行動だが、誰も見ていないし、見たところで『レーメルの魔女』が休憩しているとしか思わないだろう。
ここでのディアナは『子爵令嬢』というよりも魔道具職人『レーメルの魔女』なのだ。
それが心地良いのだから、やはり領地生活が合っているのだろう。
大の字になって思い切り伸びをすると、視界に入った指輪を見て、ため息をつく。
舞踏会の翌日に領地に戻って、もう十日経った。
最近では指輪のことも頭から消えているが、この男除指輪はまだディアナの指に存在している。
「もう、このままなのかしら……」
「――それは、困る」
ひとりごとに返事が来たことに驚いて上体を起こすと、そこには黒髪に若草色の瞳の美少年の姿があった。







