初恋だったそうです
ぽつりとそう言うと、ユリウスは踊りながらディアナに手を伸ばす。
すっとディアナの頬をなぞった手が、左耳の上につけられた髪飾りに触れた。
同時にユリウスの近くだけでなく、近隣にも火花と静電気が飛び、小さな爆発音のようなものまで聞こえた。
近くで踊っていた人々は何事かと周囲を見回しているが、ディアナは頬が熱くてそれどころではない。
「ユ、ユリウス?」
「十年前、ディアナが急にいなくなってショックだった」
非難の言葉をかけようと思ったのに、それを遮るようにユリウスが声を重ねた。
「え?」
急な話題の変化に頭が追い付かず、困惑したままユリウスを見上げると、若草色の瞳と目が合った。
「おまえのこと、可愛くないって言ったからか?」
「……憶えていたの?」
てっきり、昔のことは忘れていると思っていたのに。
ユリウスは踊りながらも視線を逸らさないが、その目からは苦しそうな何かが伝わってくるような気がした。
「あれは、兄さん達にからかわれたから、つい口から出たんだ。ごめん。俺が悪かった。……本当は、ディアナのことを気に入っていたんだ。――初恋だった」
今度こそ何を言われたのか頭に入ってこず、衝撃のあまりぐらぐらと眩暈がしてきた。
また冗談だろうと言いたいが、若草色の瞳があまりにも真剣で、とてもそうは思えない。
だとしたら……ディアナのことが、嫌いではないということか。
いや、ユリウスは気に入っていたと言った。
――初恋だと。
「わ、私……」
同じだ、と伝えようとした瞬間、飛び散る火花と共に爆発音があたりに轟いた。
発生源を探して見れば、真上にあるシャンデリアの一部が割れて傾いている。
そのまま傾きを増すシャンデリアに、女性の甲高い悲鳴が上がった。
「――ディアナ!」
ユリウスに抱きかかえられ、あっという間に視界が真っ暗になる。
倒れこんだらしい衝撃に息が詰まると同時に、辺りに落下音とガラスの飛び散る音が響き渡った。
しゃらしゃらとガラスが崩れる音が落ち着くと、ディアナを包んでいた腕が緩む。
「ディアナ、大丈夫か?」
暗い視界が開けてまず目に飛び込んだのは、若草色の瞳。
次いで目に入ったのは、床に落ちたシャンデリアと、そこら中にガラスと蝋燭が飛び散った光景だった。
シャンデリアが何の理由もなく落ちるとは思えない。
爆発音と共に破損し傾いたということは、やはり爆発によってシャンデリアは落ちたのだろう。
最近は火花も静電気も強まっていたし、小さな爆発のようなものも頻発していた。
爆発のせいでシャンデリアが落ちたのなら、この惨事の原因は――ディアナだ。
慌てて体を起こし周囲を見回すが、シャンデリアの下敷きになったり、大きな怪我をしているような人は見当たらない。
ほっとして自身を包み込んでいた腕を思わず握りしめると、そっと手が重ねられた。
「ディアナ、立てるか?」
「ええ、大丈夫」
ユリウスの手につかまって立ち上がったディアナは、その右手の手袋に黒い焦げ跡があるのに気が付いた。
「ユリウス、これ」
「ああ、蝋燭が飛んで来たから手で払ったんだ。ディアナに当たらなくて良かった」
にこりと微笑むユリウスの手袋からは、赤くなった肌が覗いている。
「……ごめんなさい」
男除指輪とディアナのせいだ。
ディアナがときめいたから、私も初恋だと言おうとしたから、爆発が起きてしまった。
それに、ディアナを庇わなければ、ユリウスは負傷することもなかった。
大怪我する人がいなかったのは運が良かっただけで、場合によっては大惨事が起きるところだったのだ。
血の気が引いて震えるディアナの肩を、ユリウスがそっと支える。
「もう大丈夫」
「ユリウス、シャンデリアが落ちたのは私のせいよ。陛下に謝罪と……片付けもしないと」
「ディアナのせい? だが、あのシャンデリアは魔道具じゃないし、レーメルは関わっていない」
「そうじゃなくて」
整備不良という意味ではないのだが、何と言えばいいのか。
「ディアナが原因だという証拠でもあるのか?」
あると言えばあるが、ないと言えばない。
男除指輪の説明をしたところで、都合よくときめいて爆発するとは限らないだろう。
「でも、あの爆発はたぶん、私のせいだわ」
「仮にそうだとしても、あの程度でシャンデリアが落ちるとは思えない。もともと老朽化していたんだろう。結構な年代物だからな」
「でも」
「今は混乱しているし、原因の究明は行われるから、それを聞いてからでも遅くはない。見た所大怪我しているような人もいないし、大丈夫だ」
「……ええ」
焦燥感からユリウスの上着を掴んだままだったことに気付き、慌てて離す。
震える手をもう片方の手で抑えようとすると、その上からユリウスがそっと手を重ねた。
「顔色が悪い。今日はもう帰ろう」
「……ユリウス、ごめんなさい。痛い?」
焦げた手袋に視線を送ると、ユリウスはひらひらと手を振った。
「こんなの、何でもない。魔道具製作で工具をぶつけた方が何倍も痛いよ」
その言葉は真実なのかもしれない。
だが、明らかにディアナを気遣って言ってくれているのはわかる。
自分が情けなくて悔しくなり、ディアナは俯いた。







