プレゼントしようか
「王家主催の舞踏会だなんて……」
大きなため息をつくディアナに対して、ララはご機嫌だ。
「先日の遠隔魔力補給のお礼の意味もあるでしょうし。断れませんね、姉さま」
「何で、そんなに楽しそうなの?」
「だって心ゆくまで姉様を飾れるなんて、なかなかありませんから。楽しみに決まっています」
人気のアクセサリーを見たいというララに付き合って街を歩いているが、外出は久しぶりである。
賑やかな街にいると、何となくこちらの気持ちも楽しくなってくるのだから不思議だ。
「あ、このお店です、姉様。……あら?」
ララの声に視線を向けると、ちょうど向かいから黒髪の美少年が歩いてくるところだった。
「こんにちは、ユリウス様。お出かけですか?」
「ああ、ララ嬢。そちらも?」
「ええ。姉様とアクセサリーを見ようと思いまして」
ユリウスとララが普通に会話していることに驚くが、よく考えてみれば当然か。
ララはずっと王都にいるし、ユリウスは隣の住人なわけだから顔見知りでもおかしくない。
領地で過ごしていたディアナと、王都で流れていた時間は異なるものだ。
何故か、急にそれを実感した。
領地で魔道具に明け暮れた十年に、後悔はない。
だが、もしもディアナも王都に残っていたら……今と何か違っていたのだろうか。
ちらりと見てみれば、今日も黒髪と若草色の瞳が眩しい。
姿を見るだけで嬉しいのだから、もう駄目だ、重症だ。
「へえ。引きこもりのディアナが、アクセサリーを選べるのか?」
事実とはいえ、からかわれたらいい気はしない。
ディアナは若草色の瞳を睨みつけた。
「心配しなくても、私はただの付き添いよ」
「そうか。なら、俺も一緒に見てやる」
「は? いいわよ、結構よ」
「遠慮するなよ」
「していないわよ」
もしかして、店内でもディアナをからかいたいのだろうか。
引きこもりも選ぶセンスがないのも本当だとしても、ユリウスにからかわれるのは切ない。
どうにか断ろうとしていると、ララがディアナの腕に抱きついた。
「いいじゃありませんか。ユリウス様も一緒に見ましょう」
ララに引っ張られて入店すると、早速人気だというネックレスを見始める。
「この鎖の加工が繊細で、きらきら光ると人気らしいですね」
「ああ。これは今までと角度を変えている上に、小さな宝石の粉を付着させているらしい」
「……詳しいわね」
「プレゼントにも人気で、つけている子も多いからな」
「そう」
なるほど、プレゼントか。
ユリウスは格好良いし、年頃で独身だし、そういうことをしていても何もおかしくない。
というか、よく考えたらディアナが知らないだけで、恋人や婚約者がいてもおかしくない。
二度目の初恋や失恋云々の前に、既にユリウスには大切な人がいるかもしれないのだ。
何だか寂しくなり、そんな勝手な自分の気持ちが嫌になる。
昔のことは、ディアナが気にしているだけだ。
今は同業者でお隣さんなのだから、ちゃんとお祝いを言えるようにならなくては。
ネックレスを試着するララとユリウスから少し離れ、目の前に置いてある指輪をぼんやりと眺める。
金や銀に色とりどりの宝石まで、色々な指輪が並んでいた。
世間にはこんなに可愛い指輪があるのに、ディアナは初恋に二度破れた上、指には男除指輪という名の、ほぼ呪いの指輪。
思わずため息をついていると、いつの間にかユリウスが隣にやって来ていた。
「指輪を見ていたのか?」
「え? ええ、まあ」
実際のところ指輪はどうでもいいのだが、それを言うわけにもいかず、曖昧に濁す。
すると、しばしの沈黙の後、ユリウスが口を開いた。
「……プレゼントしようか?」
「へ?」
何を言われたのかわからず、じっと若草色の瞳を見つめる。
プレゼントというのは、指輪のことだろうか。
ユリウスが、指輪を、ディアナに、プレゼント……?
理解した瞬間に鼓動が跳ね、同時に激しい火花と静電気が迸った。
「うわっ!」
「ご、ごめんなさい!」
やはり男除指輪の呪いは、しっかりと効いている。
慌てて謝罪するが、ユリウスは何かを振り払うように腕を振ると、苦笑した。
「相変わらず、凄い帯電体質だな。……それで。指輪、欲しいか?」
危険な誘惑に、ディアナは慌てて首を振った。
尋ねられただけで、この威力だ。
ユリウスの手は少し赤くなっているし、これで指輪をプレゼントされようものなら、ときめきで黒焦げにする可能性が高い。
「いいわ。指輪ならあるし、いらない」
ユリウスはディアナの手を見ると、男除指輪に視線を落とし、ほんの少し眉根を寄せた。
「それ、自分で買ったのか?」
「え? も、貰った……のよ」
正確にはロヴィーに勝手に嵌められたのだが、そのあたりは説明するわけにはいかない。
だが、ユリウスの眉間の皺が更に深くなっていく。
これは、ディアナが指輪を貰うなんておかしいということだろうか。
いっそ、自作したと言えば良かったのかも知れないが、もう遅い。
「お待たせしました、姉様。……何かありました?」
買い物を終えたらしいララが救いの神に見える。
間接的にこの状況に追い込んだのもララだが、もうどうでもいい。
「買い物できて良かったわね。それじゃあ、帰りましょうか」
「あ、待ってください、姉様」
そういうと、ララはユリウスににこりと微笑んだ。
「次の王家主催の舞踏会、ユリウス様も参加しますよね?」
「ああ」
「私と姉様もです。普段私のエスコートは兄様がしてくれるのですが、今回は姉様もいますし。――ユリウス様、姉様のエスコートをお願いしてもよろしいですか?」
「――え? ララ、何を言って」
「いいぞ」
「――はい?」
ララのおねだりも、ユリウスの返答も意味がわからない。
もしかして、二人でディアナをからかっているのだろうか。
……いや、ララに限ってそれはない。
「どうせ誰もいないんだろうから、引き受けてやるよ」
あれだけ火花と静電気を浴びておいて、よくエスコートする気になるものだ。
これはやはり、同業者の田舎者の面倒を見ているのだろうか。
意識しているのはディアナだけだと思うと、眩い笑顔が少し憎らしかった。







