魔王と悪女
天正2年1月3日 宇佐山城
俺は明智殿に内蔵介こと斎藤利三殿と和泉守(私称)こと那波直治殿を紹介してもらい、話を聞くことになった。
挨拶もそこそこに俺は織田信長様がどういう人かという話をしている。
「織田弾正忠様というお人は帰蝶様によれば〝頭に翼が生えた人〟とのことで…世に類い稀ない麒麟児かと存じますが…。しかしながら…漢の高祖・劉邦の皇后である呂皇后のようなところもあるかのように感じる時があります」
「ほほう。弾正忠様を稀代の悪女に例えますか?その心は??」
十兵衛殿こと明智光秀殿が瞳を輝かせる。こういう話が好きなのだろう。まぁ、十兵衛殿が好みそうな話題を振っているわけだが。
それから、呂皇后っていうのは漢の高祖・劉邦の正妻にして則天武后・西太后と並ぶ中国三大悪女の1人である。
「家臣を折檻する時に我を忘れて怒りに身を任せて殴りつけているようで、わずかながら冷静さも保っている所ですかね?それがしは、弾正忠様のそういうところが恐ろしい。わずかばかり冷静さを残した部分は消えることなく蓄積されているのだろうな。って」
金ヶ崎ののきぐちの折、俺は信長様が佐久間殿を殴りつけたのを見た。その時、兜の上から拳で殴らず、掌打したのに感心したものだ。拳で殴れば、自分の拳を痛めかねないものな。
小谷の戦いにおいて、佐久間殿の失態を罰するより追撃を優先させたのもそうだ。ブチ切れ寸前になっても最後の冷静さを失わない強さが信長様にはある。
怖いのは、その場で怒りを全部発散させない点にある。
発散させなかった怒りは恨みとなって、ずっと残るのである。そして蓄積された怒りは思わぬ時に爆発する。
何というか…信長様は女性よりの脳の持ち主なのではないだろうか?女性脳がいいとか悪いとかの話ではなく、傾向として。
「その蓄積された怒りが爆発すると…韓信のようにそれがしも処断される…と?」
「その通りです。あなた方のやり方を見ていますと、〝どうせ処断されないだろう。〟〝今回もあやふやにできるだろう〟という意図が感じられますが…。油断していたら、忘れたころに処断されるというのが私の見解です」
漢の大将軍・韓信の処断は劉邦が不在の時に呂皇后と蕭何がスタンドプレー気味にやったことだ。
韓信が秦や楚を滅ぼすのに多大な貢献をしたにもかかわらず、その功績を鼻にかけて尊大に振る舞ったばかりに。そういうところを十兵衛殿こと明智光秀殿に重ね合わせた例えでもある。
「内蔵介殿を家臣に迎え入れた時も弾正忠様は十兵衛殿を欄干に何度も叩きつけたと聞いておりますが…。斬らなかっただけ冷静さが残ってたと思うんですよね。また同じことをしても、その場で斬られはしないでしょうが…戦乱の世がおさまった後に韓信のような目に合わないとは言い切れますまい。内蔵介殿はそのような危険性をよく考慮して十兵衛殿に和泉守殿を推挙されたのですかな?十兵衛殿が処断され、明智の家が一族郎党に至るまでことごとく断絶されても良いのですか??それも、かなり残虐な殺され方をすると思いますよ?」
「残虐とはどのような…」
内蔵介殿こと、斎藤利三殿は顔を青ざめさせて俺に問う。
「呂皇后の話に戻りますが…。漢の高祖・劉邦の死後、呂皇后は劉邦の愛妾だった威夫人に復讐めいたことをします。どんなことをしたかといいますと…威夫人の子供達をことごとく殺し、威夫人にいたっては、生きたまま目をくりぬき両手足を切り落とし薬で喉を潰して便所に放りこんで豚と一緒に飼い人豚と呼んで見せ物にしたらしいですね。呂皇后ならぬ弾正忠様はどんなことを思いつくやら…。そういえば…」
俺はポンと思い出したとばかりに自分の膝をうつ。
「そういえば?」
内蔵介殿は恐る恐る俺に尋ねる。
「弾正忠様が新年の集まりで朝倉殿の髑髏を金のハクダミで加工し、酒杯を作っていて、我らに酒を飲ませようとしている。と耳にしたので、それがしが弾正忠様を必死に止めたことがあります」
「「「え!?」」」
「あの時は、御免状を盾にしないといけなくて大変でしたなぁ。それがしも髑髏で酒など飲みたくありませぬから」
「「「はぁ…」」」
「弾正忠様の類い希な発想力で十兵衛殿にどんな処罰を考えだされるやら…。見当もつかず、戦慄が止まりませぬ」
そう言っておれは膝を抱え込む。
髑髏の酒杯の話も俺が御免状を盾にそれを止めたのも本当の話だ。何の嘘偽りもなければ、誇張もない。
まあ、内蔵介こと斎藤利三がいらんことをしすぎるから釘を刺すためという意味もある。
こいつ、自身が稲葉一鉄殿のところから明智殿のところへ勝手に士官先を変えただけでなく那波殿まで巻き込んだからな。しかも四国攻めに勝手に介入しようとしている。この動きでこいつは信長様から切腹をもうしつけられるはずなのだ。史実においては。それが本能寺の変の4日前のこと。
俺の調略で織田家の勢力が史実より急拡大しすぎたことにより、10年半ほど歴史が早まってるわけだが。
「むう…」
十兵衛殿、内蔵介殿、和泉守殿は呆然と言葉を失った。
4人がいる部屋は気まずい静寂に支配されるのだった。




