殺気に殺気で応じては殺し合いになる
天正2年1月2日 宇佐山城
「どうしろと言うのです?」
光秀殿は宇佐山城の居室で俺のむかいがわに茶を間において座っており、右脇に置いた刀で俺にきりかからんばかりの殺気を放って、俺を睨みつけている。
どうして、そんな殺気を向けられなければならないのかわからないし、抜き討ちされたらこっちも抜き討ちで応じなければ仕方ない。
(十兵衛殿の愛刀は確か、備前長船・近景だったな。備前長船を収集している信長様が、十兵衛殿の刀をたいそう羨んでいるらしいが…。献上しないのか?)
いや…今は、そんなことを考えている場合ではないな。
抜刀術の撃ち合いからの立ち回りでも、考えてみるか…
えーと…
抜刀術の速さも膂力においてもおそらく香取神道流の祖神たる軍神フツヌシノオオカミがついている俺の方が上のはず。相手の抜刀術をこちらも抜刀術で上方へ受け流して、返す刀でばっさり斬り捨てればいい。
(だが…)
どちらの剣の腕が上かは知らないが…そんなことをしたら、俺と十兵衛殿のどちらかは確実に死ぬ。そして、楓炉と明智の家は喧嘩両成敗でおとり潰しだ。
(俺が提案した方策で、俺が裁かれるだと?)
馬鹿馬鹿しい。
織田家一・ニを争う出世頭がどちらも共倒れするとなれば…喜ぶ人も多いかもしれないが…。
それはさておき。殺気を放てば、この場が収まるとでも考えているのかな?十兵衛殿は。
(明智光秀と言えば知的なイメージだったのだが…。意外と短気というか…DQNな人か?こいつ)
そりゃ、謀反もおこすわ。
かといって、殺気を殺気で返すのも愚策。ここは俺が大人の対応をするべきだろう
「そのような殺気をはなたれては困りますな…。なんで、それがしがそんな殺気を向けられなければならないのでしょう?それがしは〝金ヶ崎で十兵衛殿に援軍に来ていただいた恩義を返しに参った〟と申しておりますのに」
俺は勤めて穏やかな表情と口調でそういいつつ、苦笑する。
「むう…。瑠偉殿は、それがしが一鉄殿から家臣を預かることになった経緯はご存知でござるか??」
そう言って、十兵衛殿は先程まで放っていた殺気を引っ込める。
戦国武将に殺気を向けられるのは、物騒なのでやめてもらいたい。戦場を駆けずり回って最近だいぶ慣れてきたとはいえ、けっして気分の良いものではない。
「まぁ、だいたいは。一鉄殿は縁があることをいいことに自分の娘婿をこき使う上に、恩賞がほかの一鉄殿の家臣に対するものより薄いらしいですな。そのことに一鉄殿の娘婿たちは不満を抱いて、他家に移りたがるとか」
「その通りです。それで、それがしを頼って参ったというのに…それがしが無理に引き抜こうとしていると言いがかりをつけにこられては、腹も立ちましょう」
なるほど。一鉄殿の娘婿を引き抜こうとしているというよりかは、向こうから頼ってきたというわけね。
頼ってきたものを無碍にはできないってか?まぁそういうことなら俺も同じような気質を持っているので、わからなくはない。
そこを捉え間違えてるから怒ったというわけか。
(だからといって、殺気立つなよ)
俺は別に十兵衛殿に言いがかりをつけに来たわけでもない。なんで、そんなことのために急な山道をわざわざ登ってこないといかんのだ?足がぱんぱんなんですけど??
「しかし前にも同じようなことがあって、十兵衛殿は弾正忠様から折檻を受けたと聞き及んでおりますが…。その件もうやむやになっていると油断して同じことを繰り返すと、必ず処断されますよ?それがしは弾正忠様はそういうことは決して忘れない人だと考えていますし、言動には気を使っているのですけれど。十兵衛殿は弾正忠様の信任を得ていると思って調子にのりすぎ…いや…気が緩んでいるのではございますまいか?」
「は?…調子に乗りすぎと言いましたか??」
十兵衛殿は語気を荒げて、また殺気だつ。
(あーもう。めんどくさいな!気が緩んでると言い直したでしょ?)
俺はこのやりとりに嫌気がさしてきた。そろそろこの会話を終わらしにかかっていいかな?
信長様の正室であり、十兵衛殿のいとこである帰蝶様はかつて信長様と十兵衛殿の仲をあやぶんでおられたが…こういう所だと思うぞ?十兵衛殿と話していると疲れるし。信長様も信長様で短気であまり話すのがお好きではない感じだし。
「まあ、十兵衛殿の言い分はわかりました。しかしながら…一鉄殿は十兵衛殿に家臣を…しかも娘婿を無断で連続でとられたと思ったら、面目を失うし怒りも覚えるでしょう。一鉄殿はそれがしの寄子でもありますし…。もしよろしければ…それがしが仲裁致しましょうか??それがしが嫌ならば、斎藤家出身で美濃衆に影響力を持っている帰蝶様に仲裁に入ってもらっても良いかもしれませんが…」
…。
俺がそう言うと…十兵衛殿はしばし、眉間に皺をよせて考え込んだ。
「せっかくの申し出を即答できなくて申し訳ござらんが…一晩、考えさせてもらっても良いですか?」
「もちろん」
「では、何もない所ではございますが…酒肴を用意させますのでゆるりと泊まって行ってくだされ。返答は明日致しましょう」
「良い返事を期待しています」
そう言って、俺は十兵衛殿が用意してくれた部屋に戻った。
(あー疲れた)
そして、やっぱりここに泊まることになったか。
(なんだか落ち着かないし…はやくおうちに帰りたいよー!!)
俺は、本来、おうち大好き人間なのである。
プログラマーになったのも、その性質のゆえだ。
しかし、
十兵衛殿が信長様に処断されないようにこんな山の上まで助言に来て、なんで殺気を向けられなければならないのか?未だに納得がいかない。
まあ、戦国時代はみんなが常に刀を持ち歩いているせいか、くだらない刃傷沙汰も多いのだが…。
徳川家康殿は若い頃、近習に鯛の天ぷらを一切れ盗み食いされたのを怒って、近習を無礼討ちにしたとか。
鯛の天ぷら大好きだなーあの人。そんなことで無礼討ちするなよ…。
又左殿も若い時、信長様の茶坊主が信長様の悪口を言ってるのを聞き咎めて喧嘩になり、その茶坊主を斬り殺して、罰せられたことがあるんだっけ?
信長様が世界の覇権を握ったあかつきには、廃刀令でも提案しようか。
2ヶ月ぶりの投稿で申し訳ございません。暖かい日が続きますがいかがお過ごしでしょうか。季節の変わり目であり体調を崩しやすい季節でもあります。皆さんご自愛下さい。




