楓炉家中の論功行賞3
天正元年12月末 フロイス屋敷
「税収の代案を聞こう」
「はい。まず、今は農地が荒れているとはいえ、この地は本来は米が豊富に取れる地。米を加工して売れば高く売れ、儲かるはずなのです。原料を他国より仕入れてでも米の加工品づくりに力を入れるべきかと」
「ふむ。道理じゃな。加工とは何を作るのじゃ?」
「清酒、みりん、米酢です。それらの大量生産のやり方を殿ならばご存知かとっ」
あー、それ長政殿との会食の時に俺が言ったやつじゃん。
「俺もそうしようと思ってた。やっぱり、そうだよなぁ」
ちまたではしょぼいと散々言われているが、地域の名産品を加工すれば、高く売れるというのは真理なのである。
「あと、水運業に税金かけるとかも」
「そう。それそれ。他には?」
俺は嬉しくなって身を乗り出して勢いよく尋ねる。
「綿花の栽培です」
「綿花とな?ふむ…理由は??」
「えーっと…、私達は農家の人達だけではなく近江商人からも話を聞いたのです。儲かるのは何かと。その結果…」
「その結果?」
「越後から、青苧を買い付けて京に売るのが一番儲かる…と」
青苧というと…麻布のような織物の原料だったか?上杉謙信が越後で青苧の生産を奨励して、大儲けしてたような?
衣食住は人の営みの基本。
昨今、服を着ていない人は見たことがない。
故に現在の衣服の主たる原料である青苧で儲かるってのは道理か?
「青苧…越後の上杉謙信がそれに税金をかけて大儲けしてたような…それと綿花の栽培がどうつながるのじゃ?」
「はい。青苧の原料は苧麻とよばれる植物からできるのですが…これを一本一本細くさいていき、乾燥させて、繋げていく作業が気が遠くなるほど大変なのです」
「なるほど。では、綿花は?」
「綿花は収穫時にすでに綿状になっているのでそのままよっていけば糸状になります。青苧より、加工が簡単なのです。加工が簡単な綿花の栽培が盛んになれば、苧麻など単なる雑草とかすのですっ。青苧で作った服は冬だと寒いですが、綿で作った服は夏は涼しく冬は暖かいですし」
千代は得意気に胸を張った。
(ふーむ…加工の難易度の違いは馬鹿にならない。加工の難易度は、生産性と価格の違いに直結するからな。しかも綿の方が冬に暖かく過ごせるとなれば…)
つまり、綿花の栽培が盛んになれば間接的に青苧という上杉家の大きな財源の一つが潰せるってこと。
越後産の青苧は全国の流通量の8割にのぼると聞いたことがある。その税収も結構な額のはずだ。
たしか…青苧を扱う船からの税収だけで年間4万貫にのぼったとか。青苧を扱う組織である青苧座や行商人たちなどからいくらの税収があったか知らないが、それらを合わせると4万貫(20万石相当)の数倍から数十倍の税収があっただろう。
(これは大きいな)
さすがに上杉家が自分たちの領地拡大に全く繋がらない対外戦争ばかりしていても家臣達に不満を抱かさないだけの恩賞を与え続けられただけのことはある。
(青苧を雑草とかさせてその収益を当家がまるまる奪うとなると…当家は数十万石から数百万石相当の儲けをだすと同時に、敵にまわった上杉家は数十万石から数百万石相当の収益を失うのか?……。恐ろしいことを考える奴。上杉家の財源には米の他に金山や銀山からの収益や海上貿易によるものもあるけれども…。それに越後の青苧の織物は雪晒しっていう特殊な技巧を用いて布地を白くするという他に類を見ない貴重な伝統工芸品だ。苧麻も雑草とまではなるまい)
でも、まぁ、衣服の材料の加工にかかる労力の違いに着目するとは女性ならではの視点か?
信長様や豊臣秀吉、天皇陛下にまで着物を縫って欲しいと要望されて、献上することになる千代だからこその発想というか。――千代が縫う服は複数の布地を縫い合わせたカラフルで鮮やかなものであり、千代紙の元になる。
……。
「上杉家の主な財源の一つである青苧を存在意義から徹底的に叩き潰し、原料である苧麻を雑草と化させるか。その意気やよしっ。やるからにはそういう気概でのぞまなければな。だが…」
「だが?」
「綿花の栽培は北近江の地でなくてもできるはず。それに…苧麻は苧麻で需要があり、雑草にはなるまいよ。冬は綿の方が暖かいかもしれないが夏は麻の方が通気性がよく、汗も早く乾くし快適だからな。綿が広まれば、麻の売り上げは落ち込むだろうけども…。それはともかく…近江の地で作るものは、絹ではいかんのか?実は宗麟殿にすでに絹を売る約束をしてきた所なのじゃ。北近江は絹の材料となる蚕の餌である桑がふんだんにとれるときいておるぞ?」
「いや…この国の絹は…品質の面で明国に大きく劣っていたかと存じますが……」
「…さすがは千代じゃ。よく勉強している。しかし、その絹の品質を明と同等以上のものに改良する方策があるといったらどうする?」
「そっ、そんな方法が…」
「ふむ。良質な蚕を育てるには家屋の中で育てることが肝心なのだ。そして家屋の温度や湿度、採光、風通しなどの管理なども厳密にしなければならない。寒くなったら炭を下の階でたいて、その煙を蚕を育てる2階に循環させるのだが…その建物の設計図を書くから協力してくれる農家を募って、家屋を改築してやれ。あと、温度計や湿度計の作り方を教えるので国友村で温度計や湿度計を作ってもらおうか。蚕の飼育するための道具や糸を紡ぐための器具も考案しないとな」
良質な生糸を紡ぐには蚕の養育法に工夫をこらす必要がある。蚕っていうのは手間のかかる繊細な生き物なのだ。
これまで明に生糸の質が大きく劣っていたのは、明が蚕の養育法を門外不出の極秘にしていたことが大きい。
「はい」
あとは、蚕を品種改良するために世界中から蚕を集めないとね。陰陽術でこっそり。蚕を育てるための厳密な温度や湿度の管理などの他に品種改良も必要など。養蚕業とは、れっきとした科学なのだ。
そして糸を紡ぐのに蒸気機関を使った製糸工事も作れればさらに生糸の生産効率があがる。
(蒸気機関、研究させておくか。国友村と関で)
生糸の生産は産業にもなる。
生糸の生産体制が北近江でととのったら、そのノウハウを日本中に広めよう。
目指すは、日本の絹の品質•生産量ともに世界一である。
そして絹の生産から産業革命をおこす。
イギリスで産業革命が起こったのは、農奴を使役するより羊を飼育して羊毛を加工する方が儲かると考えて、貴族達が自分の領民である農奴達を強制的に追い出した結果だ。農奴達は生きるために農民としてではなく地方で工場などの従業員として働かざるを得なくなった。
俺はそんな強引なことはしない。産業の基盤を作っておけば、そこに勝手に人が流れていくだろうからな。この国の奴隷の値段が安いってことは、それだけ労働力が余ってるんだろうし。
「しかし、綿花の栽培もよいな。せっかく提案してくれたことだし、綿花は伊賀・伊勢の地にて栽培を奨励することとしよう。余力があれば近江でも養蚕と綿花の両方を推奨しても良いが…。いや、まずは養蚕をしっかりするか。近江では春と夏の二期に生糸が取れるはず。それに加えて、米や桑やその他の農作物も育てねばならぬ。糸もつむがなければならぬし…。養蚕業が確立し農家の者たちがその作業に習熟するまで、綿花栽培にまで手が回るまい」
綿は服の材料になるだけでなく、ニトロセルロースっていう無煙火薬の原料にもなるし。伊賀や伊勢で栽培しない理由はない。
確か、近江で米作りと養蚕と綿花を掛け持ちしている農家は目も回るほど忙しいと聞いたことがある。まぁ、養蚕に慣れれば出来なくはないだろうが。
「は」
「それから…北近江での人材登用も千代達に頼んでおったな。良い人材は見つかったかな?」
「は。それに関してはそれがしが報告いたします」
と堀菊千代が言った。
「うん。頼む」
「は。現時点で北近江の地の国人領主の子供達の中で有望そうなのは、長束新三郎、増田仁右衛門の二名です。長束新三郎は計算能力がずばぬけてており、増田仁右衛門は普請を指揮する能力が高いです」
……。
長束正家に、増田長盛か。石田三成と並んで、豊臣秀吉の五奉行の一角になる面々だな。
(へー、将来の五奉行の一角は、やはり千代、菊千代、万千代らの目にとまるのか)
「よし。そやつらも登用しよう。これからも気になる奴らは推挙してくれよ」
「「は」」
「で、肝心のそなたらの処遇じゃが…。農民と仲良くなって忌憚のない意見を聞いてくるというやり方や近江商人の意見を聞くという方策は大変、参考になった。そなたらを当家の奉行職に任じる。特に千代には、俺の侍女長4人を含む、侍女達を補佐につけるゆえ、今後も農民達や商人達の声を俺に知らせたり、当家の農政や財政、経理のことを担うが良い。万千代、菊千代の両名には元服して、当家の普請や警備、民事裁判や戦場での補給のことを担ってもらうと同時に戦場での働きにも期待する。万千代、菊千代のよき結婚相手も探してやろう。禄高はそうじゃなあ…3名とも200貫じゃ」
「「「は。ありがたき幸せ」」」
「藤堂与右衛門」
「は」
「そなたには100貫の禄を与え、副奉行に任じる。万千代や菊千代に普請や築城術、補給や兵法のことなどを学ぶように」
「ははっー」
「石田佐吉、大谷紀之介、長束新三郎、増田仁右衛門の4名は俺の近習として30貫の禄を与える」
「ははっー」
「北近江、伊賀、伊勢の地全般の政策としては、まず、兵農分離をすすめる。それから、治水や灌漑についての意見を伊賀、伊勢の地でも農民に聞く。農民や町民の意見をいつでも聞けるように各村や各町に目安箱を設置する。その目安箱が俺の元へ定期的に届くように取り計らうこと。あと、俺の支配地域の税は一律、4公6民とする。減った税収は、主に灌漑や開拓、絹や綿花の生産などで補うぞ。酒や醤油、酢や味醂、塩づくりも奨励する。それから、飢饉に備えて甘薯やカボチャや小麦などの作物づくりも奨励するぞ。あと、戦乱で農地が荒れた北近江の地は、一年間、税を免除することとする」
「「「は」」」
「戦争のほうは、当家の役割として補給と遊撃部隊を請け負ってきた。損な役回りと思うかもしれないが…新式銃や大砲を他家に分散させずに当家で一括で運用して我らが転戦したほうが効率が良いのだ。皆の武功もけっして仇や疎かにしないゆえ、しっかりと働いて欲しい」
「「ははっー」」
「それから、国友寿斎」
「は」
「当家では、同盟国に火縄銃を輸出することになった。工作機械を作っている所だと思うが…鉄砲や大砲の大量生産は任せられそうか?」
「は。工作機械の完成が楽しみです。必ずやご期待に添えて見せましょう」
国友寿斎は、史実で信長様から鉄砲5百丁を数ヶ月で作れとの無茶振りを受けたとき、完全分業体制を敷いて対応した人物。
工作機械も使いこなしてみせるだろう。
「職人たちの子息たちにも読み書きそろばんや南蛮の学問や技術を教えたいから学校に通わせるように」
「は」
「ああ、それと硝石も同盟国へ輸出する。俺の領国である北近江、伊賀、伊勢で硝石の大量生産も行う」
「「「は」」」
これで、今指示できることは、全部かな?
あとは、与力たちに他の織田家中から武器や食料などの補給物資を集めさせておくことくらいか。
四方八方敵だらけ、味方同士もなにやらギクシャクしそう。
問題もやることも山積み。
だが、一つずつ解決していこう。




