楓炉家中の論功行賞2
天正元年12月末 フロイス屋敷
「それから、九鬼右馬允殿」
「は」
「そこもとには、志摩の地6300貫が織田弾正忠様より安堵されております。それに加えて、当家の客将として1000貫の俸禄を与えます。引き続き伊勢の代官として検地も進めていってもらい、伊勢の住民たちからの税を当家に上納していただきたい。伊勢の地の人材も私に推挙して下さい」
「は。粉骨砕身、働かせていただきます。先日、提案していただいたポルトガル式の船も建造中であります。竜骨を持った船に羅針盤を使った航海術。そして、船に鉄板を貼るという前代未聞な発想。完成が待ち遠しいです」
九鬼嘉隆殿はうきうきした表情でいった。
海賊大名の異名を持つこの男は、船も大好きなのだろう。
まぁ、鉄甲船のアイデアは元々、本能寺攻めのおりに九鬼水軍が村上水軍に大敗したことに起因している。
だから発案者は(本来は)信長様のはずだったんだけどね。
「…ええ。鉄甲船が完成したら、一緒に鉄板を貼った船が航海や戦闘に耐えるのか実験いたしましょう」
生前、俺は〝織田信長の鉄甲船は実際に航海できたのか?〟実証する番組を見たことがある。
鉄甲船が実用に耐えるには、荒れた海や戦闘中に船の前後左右のいずれかに兵士が偏った時でも、船体が15度以上傾かないことが条件だったはずだ。
それ以上傾いてしまうと櫓の部分から水が入ってしまい沈没してしまう。
実験の結果としては、船全体を鉄板で覆ってしまうとその条件を満たさないというものだった。
だが、船のかんばん部分の鉄板を外し船底に重しを乗せてやれば、戦闘や荒波にも船体の傾きはなんとか15度以内におさめられるという結果となった。
安宅船より重心が安定しているキャラック船ならば船体の傾きはより少なくなるはずだが…さて?どうなるだろう??
「は。楽しみにしております」
「あっ、あとっ!」
「はい」
「伊勢の地には伊勢神宮があり、天照大神と関わりの深い地。朝輝教の聖地として、朝輝教信者が人生に一度は訪れたいと願うような観光地としたいです。そのつもりで商人を呼び込んでおいてください。楽市楽座です」
「ははっー」
「それから、伊勢の地では、大豆つくりを奨励しましょう。大豆は連作障害を起こしやすい作物なので…稲作、ひえ、もしくは、あわなどと交互に2年ごとに輪作していく形で。大豆から味噌や醤油を作って特産品にしたいのです。醤油に関しては他でやっているのと同じように売り上げに応じて、1割の特許料をもらいます。ひえやあわの部分は小麦でも構いませんけど。その場合はうどんや乾パンを作れますしね。」
「醤油に、うどん、乾パン…でございますか?承知いたしました」
「次に…千代、万千代、菊千代。北近江の検地、人材の発掘、北近江に適した産業の探索を命じておいたが、何かよい方策はみつかったかな?」
俺はワクワクしながら聞いた。期待しているのだ、この若き塾頭たちに。
「はいっ。その件に関しましては…検地の前に、まず、塾生となったこの地の国人領主たちの子息たちに荒れた農地の後片付けなどを手伝わせて農民達のくらしぶりを学ばせるとともに、農民たちから忌憚のない意見を聞くことからはじめましたっ」
こう元気に答えたのは、伊右衛門の妻である山内千代である。
「ふむ。婚前旅行に赴く前に聞いた通りだな。将来、この地の統治に関わるはずの若者達に農民の暮らしぶりを学ばせると同時に、農民たちからの関心や支持もえられる一石二鳥の案で素晴らしい。さすがは、千代だと思った。して、結果はどうであった??」
「はい。農家の人たちが申すには、戦乱続きで田畑が荒れて大変だと。今は、農閑期なので城普請や製鉄所作りに駆り出されて給金もきちんといただけているので良いが、農作業が忙しくなる前に普請を終わらせて欲しいとのことです。それと…」
「それと?」
「…久政殿の時代は良かったという声も多数上がっておりました」
こう答えたのは、千代ではなく仙見万千代である。
……。
「…ふむ?」
浅井長政ではなく、家臣のクーデターにあって失脚させられた久政の時代の方が良かった??
「詳しい話を聞かせて欲しい」
「は。その報告はそれがしから」
堀菊千代がそう申し出た。
「ふむ」
「農民たちが申すには、備前殿の代になってから戦つづきじゃったと。侍たちは功名がたてられると喜んでおったが、農民達は働き手を戦にかり出されて迷惑だった…と。それから…」
なるほど、久政殿の時代は六角と朝倉の間で事大していたからな。戦はたしかに少なかっただろう。
でも、クーデターを起こされるくらいだから、六角から何か屈辱的な要求もされていただろうに。
だからこそ六角からおしつけられた嫁を突っ返したわけで
「それから?」
俺は話を促す。
「は。備前殿の時代になってから、御隠居(久政)の進めていた事業が滞りがちだったと」
「ほほう。久政殿が進めていた事業とは?」
「余呉川に堤防を築いておりましたが、まだ治水が不十分だとのこと。それから余呉川周辺の灌漑事業も進めております」
(……ふむ。治水と灌漑な)
それが完成していたら、農民は安心して、農作業に取り組めるし、灌漑によって乾いた土地にも水がいきとどくようになり、喜んだだろうな。
六角と朝倉に事大していた優柔不断な人という印象しかなかったが…政策の着眼点が素晴らしい。
乱世の英雄ではないが…治世ならば名君として名を残したかも?
農民の観点からすれば、農地が荒れるのでなるべく戦はしないでもらいたいというのが本音だろう。
侍や国人衆たちとしては乱世においては弱腰な外交をするものより、強い武将に国をおさめてもらいたいというのも、まぁわかる。
内政、外交、戦争
その辺のバランスをどうとるか…
(難しいな)
とにかく、俺は久政殿の事業を引き継げば良いわけだ。
農民の声も聞いてみるものだ。
農民たちを戦場にかりださなくてすむ様に、織田家式の兵農分離もすすめよう。
これをやると、兵が弱くなるのだが…。鉄砲兵の比重を増やすことでその弱点も補える。
これで、戦争を専業の兵士たちが請け負いつつ、農民達は農作業と治水事業や灌漑事業に専念できるわけだ。
農繁期にも戦争ができるしな。
「ふむ。その事業、俺が引き継ごう」
「は。ご明察、おそれいります。それから…」
そういうと、菊千代は千代の方をみた。
この話は千代の口から言わせたいらしい。
「…恐れながら申し上げますっ。織田と浅井の戦いで農地が荒れているため米の税率を下げることが必要かと存じます」
「あの戦争で農民達がそんなに困窮したのか…。ふむ。……さしあたっては、農民達がなんとか生活できるよう普請の給金を上げてやるかな?あと、千代は税率をいかほどにすれば良いと考える?」
「はいっ…今の税率である5公5民から…4公6民ほどにするべきかと」
4公6民なあ……農民からの税収が1割減る…か。
灌漑事業や領地の開拓が進めば、その損失は先々埋められるだろう。
その事業を進めるために、新たな農器具を開発して、貸し与えても良い。
それ以外に副業を奨励するのも良いか?
しかし……
「これからも戦が続く中で収入が1割も減るのはどうなのだ…。その分を補填する代案はあるのか?」
「はいっ」
千代は待ってましたとばかりに元気な返事を返してくれる。
俺にも新たな税収の心あたりがあるのだが、千代にも代案があるようだ。それを聞きたくて、あえて質問したのだった。
浅井久政の政策を調べてみると、余呉川に堤防を築いたり、余呉川の灌漑事業をしていたりの他に、法度を作って国人領主たちの統制を図り、関所を設けて税収を上げるとともに寺社にも儲けさせて、寺社との結びつきを深くしつつ領地経営をやりやすくしていたりしますね。目新しいとか冒険的な政策ではなく、安定志向な政策をとっていたようです。




