婚前旅行9
「失礼しました。私は元宣教師のルイス・フロイスと申します。あなたは?」
俺は非礼を詫び、自己紹介をした。
「そうか…あなたが…。儂は千々石ミゲルじゃ。して、まやかしとはなんです⁈」
(…。まだ、その話題を引っ張るんだ)
千々石ミゲルといえば、天正遣欧使節団の副団長だったか?確か、この地の領主である大村忠純の甥だったはずだ。
「いや、オルガンティーノ師からあなたが神の子だと紹介されたもので…。全知全能の神の声が聞こえるならば、奇跡よりもっと根本的な解決をはかることができるのではないかと疑問に思ったまでです」
俺は思ったことを極めて冷静に口にする。
「ふむ…ここからの会話はラテン語でしてもよろしいか?たちいった話になるであろうし」
たちいった話ね。ラテン語だとオルガンティーノ師には聞かれるが…。
「どうぞ。あなたはラテン語が堪能なのですか?」(ラテン語。以下全てラテン語)
「ええ。一年で日常会話に困らない程度までには習得した。忘れていた言語を思い出す感じでしたよ」(ラテン語。以下全てラテン語)
千々石ミゲルは得意げに胸を張った。
一年で習得するのはすごいな。前世というものがあるなら本当に前世でラテン語を話ていたのかもしれない。まぁ、イエス・キリストはユダヤ人であり、イエス・キリストの話す言語はアラム語だろうが。アラム語を話されても分からんし。
「それはすごい。本当に前世はラテン系の人だったかもしれませんね。それに…先程の力も本物であるかのように見えました。あなたはなんらかの神の啓示をうけたのですね?」
「なんらかのって…当然、キリスト教の神の啓示ですけどね。ていうか、キリスト教の神以外は神ではありません。聖痕もありますよ。ほらっ」
千々石ミゲルは服を託しあげて脇腹を見せる。
その脇腹には槍で刺されたような跡がくっきりと残っている。
ゴルゴダの丘でロンギヌスに槍で貫かれて処刑されたイエス・キリストと同じ傷。まさに聖痕である。まぁ、そういうことを知らない婦女子達の目からは、なんでわざわざそんなものを見せびらかしたがるのかわけがわからないだろうけど。
みんな興味深げに眺めているから、まぁいいか。
(…っていうか、痛そう)
俺としては、そんな感想しか出てこない。聞いた話によると…そこから時に、出血したり、槍で刺されたような鋭い痛みを感じたりするらしいが…。その傷が6カ所あるのだったか?槍で刺された跡の6カ所から同時に出血すると、大出血だと思うのだが…水を飲んでたら大丈夫とかなんだろうか?
神の子ならば、石をパンに水をワインに変えるとかもできそうだし。
「ははぁ。まさしく聖痕ですな。で、あなたはどんな神の啓示を受けたのです?」
俺がそう聞くと千々石ミゲルはよくぞ聞いてくれた!とばかりに顔を輝かした。
「〝不治の病にかかった死にかけの遊女を集めて奇跡の力で安らぎを与えなさい。さすればユダが来る。そのものに宣戦布告しなさい〟だそうです。あなたがユダですね?元宣教師とおっしゃいましたが…キリスト教を裏切ったわけですか?」
キリスト教を裏切ったのか?ときかれても…。天道と同じものとして広めてるキリスト教から天道に回帰しただけなのですが…。まぁ、この人達から見れば裏切りなのかも??
しかし、千々石ミゲルの話からすると…俺に見せるためにわざわざ末期の梅毒患者をあつめたわけか。
まやかしというより……茶番?
「私が来ると知っての茶番でしたか。まやかしではなかったようで……。まやかしと言ったことはあやまります。すいません」
俺がそう詫びると、千々石ミゲルは首を傾げた。
「まやかしも茶番も一緒であろうに…」
「私の神は、このような茶番をしないものでね。太陽神なので光と熱で脅されたりはするのですが…。それと、へこんだりおちこんだりすると天岩戸に引きこもったりもします。…まぁそれはともかく、私の神は、知恵と知識と技術の神と武神を私につけてくださってましてね。この問題も知恵と知識と技術の神に聞けば根本的に解決すると思うのですよ。むしろキリスト教の神はなんで根本的にこの問題を解決しないのかが疑問です」
「なるほど、神の御心を疑い、邪神に身も心も売ったわけか。まさしくユダだ。今こそ、神の宣告をそなたに下そう」
なんか、会話が噛み合ってないな。まぁ、いいや。
そーだ。これまで躊躇っていたが、神のお告げといえば、まだ発見や発明されていない物理法則や化学の知識を生徒達に教えられるし、科学技術も発展させれるな。その方向で新しいカリュキュラムを組んでみよう。そんなことを考えながら、
「どうぞ」
と俺は答えた。
…。
千々石ミゲルは目を閉じて祈りを捧げるような仕草をした。
それから目をあけて大きく息を吸った。
そして、
「〝約束の時を超えたなら、この千々石ミゲルがそなたに天誅を下す。その時まで、そなたの主とともに壮健なれ〟だそうじゃ」
と厳かに告げた。
約束の時とは、本能寺の変のことだろう。その時までは手出しをしないが、本能寺の変を乗り越えたら覚悟しておけよって、か。
本能寺の変まで、あと9年と4ヶ月。
「宣戦布告、承った。その時までにもう少し会話が成り立つように成長しておいてほしいですね」
俺は左手を差し出す。左手の握手は、決闘の証!
本当はそれと同時に左手の手袋を相手に投げつけるのだが。あいにく手袋の持ち合わせがなかった。
「ふ。約束の時まで神の御心に震えているがいい」
そう不遜に笑って千々石ミゲルも左手を差し出す。
こうして俺は、6、7歳の少年とニッコリ笑いながら決闘の約束を交わしたのだった。
俺としては、キリスト教の信者には〝右の頬を叩かられたら左の頬を差し出して〟ほしいのだけどな
♠️
俺達はキリスト教の宣教師を辞め、棄教を宣言し、千々石ミゲルに宣戦布告をされた。
今は信長様にキリスト教を棄教した報告と大友氏との同盟案を了承してもらうべく船に乗って帰る途上である。
俺の共の者達は相変わらず船旅に慣れていないらしくみな顔色が悪い。
とりわけ顔色が悪いのは、生まれて初めての長距離の船旅であろう景姫だ。
「景殿、船旅は初めてでいらっしゃいますか?お顔が真っ青ですよ」
そう景に尋ねたのはお市様である。
「ええ。船旅もつらいですが…。この先、わが身はどうなるのか…故郷に残してきた母上もどうなるのかと心配で…」
「なるほど…。宗麟殿と今のご正室とは離縁されるのでしたね。それは心配でしょう。岐阜に着いたらお手紙を書かれてはいかがか?」
「はい」
「それで…景殿の身の上は兄上の養女にとのことでしたが…宗麟様との同盟関係のことを考えると、養女というより兄上の子息のいずれかとの婚姻となりましょうな」
「なるほど」
お市様の考えに頷いたのは俺だ。信長様の養女にしてどうするのか?それで人質としての価値があるのか?と疑問に考えていたが、信長様の子息と婚姻関係を結ぶということなら納得のいく話だ。
それで、景殿は信長様のどの子息と結婚することになるか?と俺は考えを巡らせる。
(長男の勘九郎殿にはまだ正室がいなかったな。いや、まてよ…)
勘九郎殿---織田信忠殿に正妻がいないのは事情があった筈だ。悲恋的な事情が。
そんなことを考えていると…
「わらわは政治の道具というわけですか?父上と母上の関係を見ていると結婚などしたくないというのに…。父上は母上が嫉妬深いことを疎み、母上と瓜二つであるわらわも疎んじておられます」
景殿は悲しげに言った。
「それはおつらいでしょうね。政略結婚というのも家同士の関係が将来、どうなるかわからないですしね。嫁いでみたら、すでに側室がいたりもしますし」
お市様は、そう言って俺の方を見た。
(ん?)
なんでそこで俺の方を見た?俺には側室なんていませんけども…。
「私には側室がありませんけども?これまで宣教師として真面目に生きてきたもので、禁欲を固く守ってきたのです」
疑われるのは心外である。
「その話はフロイス様の侍女長達から聞いておりますけども…、それはそれで侍女長達が可哀想というか…。手塩にかけて教え育てた人材が再婚で自分の元を離れるのは惜しいとかおっしゃられて自分専属の尼にされたのでしょう?そして、ご自身はこの度、キリスト教を捨てて還俗される…と。これでは、4人の侍女長達の立場がなくなってしまうではありませぬか。どう責任をおとりになるおつもりなのでしょう?」
お市様は、そう怒るでもなく静かに俺に問いかける。
4人の侍女長達は嬉しそうだ。
というか、婚約者から責任をとって4人もの女性を側室にすべきと詰め寄られるれている今の状況は謎だ。納得しかねる。
この船旅で、俺の侍女長達とお市様がやけに仲良くなったなと考えていたが…
「うっ…。うーん…。そもそも侍女長のみんなは俺の側室になりたい…のかな?」
俺は、恐る恐る、みんなにそう問いかけた。
「「「「ええ」」」」
4人とも、まさかの即答。
「お市様が殿の責任を問うてくださって、みな、感謝しております」
そう言ったのは侍女長筆頭の恭である。
「「「ほんに」」」
他の3人はうんうんと頷く。
「みんな側室になりたいとは…。それにしても、新婚の上に4人もいっぺんに側室ができるとなると…
気持ちが追いつく気がしない。1人ずつ時をおいて年齢の順番に…とかでどうだろうか?」
俺はしどろもどろにそう言った。婚約者と侍女長4人が結託して側室を4人も待てと言ってくるとは想定外にもほどがある。動揺するなと言われても無理。
「…気持ち?」
そう呟いたのは景殿である。
政略結婚が主であるこの時代の結婚に気持ちがどうとか言うのは奇妙だったかな?
「一緒に過ごすのにお互いの気持ちが通じていなければ、つらいでしょう?5人も同時に妻を持って、お互いの関係を育んでいくなど無理。1人1人、順番に関係を深めていかなくては…。ていうか、キリスト教を信奉する民族においては一婦性が普通で複数の妻を持つことなんてありえないのですけど」
「良いではありませぬか」
こう言ったのはお市様。
「郷にいれば郷に従えと申しますよ?」
こう言ったのは澤。
「「「ほんに」」」
みんな、頷く。
「それに、4人の侍女長全てが子持ちなのです。その子供達を引き取れば、一門衆ができるではないですか。いいことづくめです。何を迷っておられるのですか?」
お市様は追い討ちをかけるように言った。
「…ふむ。わかりました。時をおいて順番でということでよければ…」
俺は5人の女性の連携プレーに、不承不承ながらも屈服した。この状況は、ウハウハ というよりトホホって感じなのだが。
みんな、(やった)って感じで喜んでくれているから、まぁいいけど。
「みなさん、仲が良いですね。わらわの育った環境からは考えも及びませぬ。どうして、そんなに仲良く5人で結託できるのですか?」
意外そうに聞いたのは景殿である。
「そうですね…皆、他家に嫁いで子供までもうけているからでしょうか…。経験として、みなで協力しあったほうが上手くいくとわかっているのではないでしょうか?景殿もできることなら夫や周りの女性達と協力しあおうと努力した方が結果的に幸せになれるかもしれませんよ?殿方が側室を持つのはこの世の常。仕方ないことなのです。それならいっそ、他の女性達と仲良くした方が得というものではありませんか?」
「そういうもの…でしょうか?」
「ま、景殿も結婚すればそのうちわかってきますよ。不安ならば、わらわが相談にのります。わらわ達は縁戚になりそうですし。それに…フロイス様も兄上も親身になって話を聞くかもしれませんが、女性にしかわからないこともありますしね」
お市様はいたずらっぽくそう言った。
「ありがとうございます」
景殿はしみじみと頭を下げた。
こんな感じで岐阜への帰路は続く。
その裏で、景殿が誰に嫁ぐことになるか?そして、勘九郎殿の悲恋。これらを政治的・軍略的にどう使うか、俺は考えを巡らせるのだった。
総合ポイントがやっと千点を超えました。応援してくださっている皆様。ありがとうございます。
千点の壁、分厚くて何度もはじき返されました。これで、一万点以上いく人達はどんだけすごいんだ?と尊敬します。
これからも、タイトルの通り、〝社畜〟の滅私奉公の精神で物語をコツコツと〝紡〟いで行く所存です。
面白く読んでいただけるよう努力いたしますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。




