金ヶ崎ののきぐち2
♠️元亀元年4月25日深夜
「…遅い」
俺は家臣たる、神子田長門守、大島甚八、堀太郎左衛門、山内伊右衛門らの前でごちた。
遅いのは朝倉方の判断である。
織田方の主力2万人あまりが撤退したとの知らせを受けて引き返してきたのだろうに、布陣するのに半刻、織田木瓜紋をはじめとする旗指物の多さに戸惑って攻め悩むこと半刻で計一刻(二時間)を無駄にした。
いや、時を稼ぐのが役目の俺たちとしては好都合な面もあるのだが…こいつらを突破して京へ撤退しないといけなくもある。
できれば俺たちがこの城にいる間に猪突猛進してきてその数を減らしてもらいたい。
ぐずぐずしていると朝倉の増援も増えていくし、浅井の援軍も来るだろう。
「かかってきませぬな…こちらから撃ちかけてやったらいかがです?棒火矢なら届くでありましょう?」
渋い感じの老爺がいった。
弓大将として名高い大島甚八だ。強弓の名手で自負心が強く、鉄砲が大嫌いときている。しかし、
(棒火矢ならいいのか?矢だけに?)
相手は500メートルほど離れて布陣している。相手はこの距離なら鉄砲も弓も届かないと考えているのだろうが…
新開発した棒火矢や新式銃の弾丸ならこの距離でも届く。
「ふむ。それは相手も驚くだろうな。混乱してうっかりこちらに突撃してくるかもしれない。算を乱して撤退してくれてもいいし」
そんなことを言ってると…
どたどたどたっと誰かが走ってくる。
瓢箪の旗印。木下殿からの使者だ。
「申し上げます。我が主、木下藤吉郎が相手が動かないなら木砲を撃ちかけてはどうか?と申しております」
今その話をしていた所だ。
「ふむ。我らもちょうどその話をしていた所だ。木下殿に助言ありがとうございますとお伝えしてくれ」
「は」
そう言って使者は帰って行った。
「よし、木砲を朝倉の陣のど真ん中に打ち込んでやれ」
「「はっ!!」」
ドドーン、ドドーン、ドドーン
十門の木砲が順次発射されていく。第二陣、第三陣もそれに続く。
棒火矢は敵陣に次々と着弾した。
何人かが重症を負ったのだろう。相手は大慌てだ。
俺達からのメッセージは届いたかな?
〝そんな所に密集してじっとしてたら狙い撃つぞ〟ってね。
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相手側は木砲の射程距離に驚いてしばらく、右往左往していたが…部隊長たちが混乱を収めたようだ。
目の前の6千人は隊列を整えた。そうしてしばらくしてからこちらに突撃してきた。
ようやくこの城を力攻めする決心がついたらしい。
まぁ、未知の兵器を目にして不用意に突っ込むのもどうかと思うが…この時代の重火器は装填に時間がかかる。その時間を利用して突っ込むというのは正解の一つかもしれない。
だけど…それは折り込みずみ。そんな勢いで突撃してくると……まぁ、なんてことでしょう…
ある兵士は落とし穴にすぼっとはまった。
ある兵士は地雷を踏んで大火傷を負った。
ある兵士はくくり罠に捕らえられて動けなくなった。
などなど、罠地獄にはまり阿鼻叫喚の絵図となった。そこを俺達の兵が新式銃と木砲で三方から交互に狙い撃つ。
運良く城の近くに至れた者たちも旧式銃と弓矢の餌食。
半刻にわたる戦闘で金ヶ崎の山頂部86メートルへとつづく階段に至れたものは皆無だった。
階段にいたったところで階段上にも罠はマキビシやワイヤートラップのようなものがふんだんに仕掛けられているし、階段の上にも鉄砲隊、弓隊、槍隊がいるのだが。
目の前の平野は飛び道具や罠にやられて死んだり、重症にうめく朝倉の兵士たちで埋め尽くされている。
この金ヶ崎城は『太平記』に〝かの城の有様、三方を海に囲まれて岸高く嶽なめらかなり〟と賞されている天然の要害である。たかだか2倍の兵力で力攻めするような城ではない。
(6千のうち半分は無力化したかな?)
現代においては兵力のうち3割が戦闘不能になった時点で全滅とされ、戦闘継続が不可能との判断から撤退となるところだが…この軍を率いている朝倉中務とやらはどう判断するだろうか?
俺としては、朝倉の兵たちには西か東へ撤退してほしいところだ。
…。
しかしながら…南に軍を進められるのは、ちょっと困る。
第三陣が守っている所。そこは、俺たちの撤退路の出口であり…そこら辺には罠を仕掛けていないからだ。
(果たしてそのことに気づく将がいるだろうか?朝倉方に)
そんなことを考えていると…ブオオーッと猛牛がなくような大きな音が鳴った。螺貝である。
〝突撃を辞めて後方へ引け〟との合図だろう。
見ていると…やはり俺が考えた通り、無謀な突撃を繰り返していた朝倉方の兵士たちが反転して後方へ下がっていった。
♠️
半刻後、朝倉の兵たちは動きはじめる。この間に朝倉方に3千ほどの増援がくわわった。
半刻もの間戦い続けて、3千人弱を戦闘不能にしたのに元の木阿弥になったわけだ。
(ちきしょう)
そして、6千強の朝倉軍が向かった先は…南。
おそらく狙いは第三陣への集中攻撃であろう。
(その方角はダメ。絶対…)
天照様め、技術チートで楽をさせてくれる気はないらしい。
俺は、別にこの絶対絶命の危機が天照様のせいでないことは十分承知の上で理不尽に天照様を呪いつつ、狼煙を上げて第一陣の兵と第二陣の兵を三陣の方へ集結させるのだった。
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(なんでわかった?俺たちの撤退路?)
俺は三陣に向かいつつ考える。
〔ふん。土地勘があれば、どこへ撤退するかでどこから逃げるかはおおよその見当がつくじゃろうよ。京へ逃げるか美濃へ逃げるかじゃが…美濃へ逃げるには金ヶ崎口から逃げるだろう。が、そちら側には罠が仕掛けられていた。なら、南口から京に逃げるのだろうと推察されたのよ。小細工が裏目にでたな〕
重厚な声で呆れたような声をかけてきたのは俺についている神の一柱たる軍神フツヌシノオオカミ様である。
(ふむ。相手方に賢いやつがいたってことか…その賢い武将が誰か調べてもらえます?ま、二倍くらいの兵ならばなんとかなるでしょ?フツヌシノオオカミ様の加護があれば)
俺はそんなものではどうにもならならないことを知りつつ、軽口をたたく。
〔武将を調べるのも承知。まあ、わしにそなたの体を任せてくれれば、お主には矢玉は当たらぬし、槍や刀でも朝倉のこっぱ兵になどに遅れはとらぬが…〕
「が?」
〔他にも敵か味方かはわからぬが兵気が二つ近付いてきておるぞ?200人ほどと2800人ほどの部隊がな〕
「げ」
俺は思わず声にだして叫んでしまう。周囲の家臣達は不可解な目で俺をみた。なんでもないと手を振って三陣へ向かう足をはやめる。
(この状況で援軍が来てくれるわけないじゃないですか。おそらく、そいつらも敵の増援でしょう?)
倍の兵力差を突破するだけならなんとかなりそうな気がしないでもないが…三倍の兵ともなると突破できる気がしない。―皆無である。
史実の木下殿はこれ以上に過酷であっただろうによく切り抜け、生還したものだと驚嘆する。
とりあえず、その増援が来る前に朝倉勢を突破して帰らないと…