1-7 ロリのあざとさには慣れています
俺がゆり姉の部活に入れだと……!?
しかも恋愛研究部というふざけた名前ときた。
「やだ。俺は入らない」
誰が姉の言いなりで訳の分からない部活に入るのか。寧ろこの状況で素直にイエスと言う方がおかしいだろ。
「どうせ颯くんは他に入る部活も無いでしょ? いいじゃん入ろうよー」
「いや、俺は入りたい所があるんだ。……美術部とか」
そう。俺は大月とキャッキャウフフな部活動を送るため美術部に入ると決めたのだ。……正確に言えば今決めたのだが。
「あれ、颯くんって絵描けるの? 私全然見たことないけど」
「絵は描けん。だが練習すれば何とかなるだろ」
「何それ。適当なこと言ってないで私の部活に入ってよ」
呆れ顔のゆり姉。残念だがこればかりは反論できない。今までの俺に芸術との縁なんて微塵もなかったわけだし。それに可愛い女の子(男の子)と一緒にいたいからなんて口が裂けても言えないからな。
「大体、その恋愛研究部ってのはどんな活動をするんだよ。まさか恋愛ドラマのDVDをひたすら見るとかじゃねぇよな?」
「げっ。ま、まあDVDは見ないけど、他にも活動はしているわ」
見ているのかよ。名前から容易に想像はできたが、これではゆり姉の自己満じゃないか。隣で佇む忍野先輩もよく付き合ってあげてるよな。
「簡単に言えばゆりっちの恋を応援するための集まりよ。弟くんはもう知ってるかもしれないけど、ゆりっちは三年の鰍沢先輩に片想いをしていてね。彼に告白するために研究したり自分を磨いたりしているの」
柔和な微笑を浮かべながら忍野先輩が答えた。なるほど。以前から聞いていたあの超絶イケメン先輩は鰍沢という名前だったのか。
それにしてもこれは正にゆり姉のゆり姉によるゆり姉のための部活、ということだな。
「それでね。今は部員がゆりっちと私しかいないんだけど、正式な部活動として申請するには最低でも四人必要らしくて……」
「あと一人をどうするか悩んでるのよね……」
「おい待て。ちゃっかり俺を部員としてカウントするんじゃねぇ」
危うくスルーするところだった。というか単なる人数の埋め合わせの為だけに入部するなんてまっぴらごめんだ。これ以上ゆり姉と顔を合わす時間も増やしたくないし。
「そんなに嫌なの……?」
「嫌だ」
「絶対に?」
「ああ、絶対にだ」
「本当に……?」
ゆり姉は身長差を生かした上目遣いと涙目を浮かべるという高等テクニックで俺の動揺を誘おうとしている。
しかしこんな程度で俺は動じない。人によってはご褒美だろ、とか三十分何万円だ? と思うかもしれないが、弟の立場からすればウザいだけだ。あざとウザい。
「まあまあ。弟くんも嫌がってるし、無理矢理入部させるのは良くないと思うよ」
助け舟を出してくれたのは忍野先輩だ。流石上級生。年上の余裕を感じる。
「でもでもぉ。颯くん以外に入ってくれそうな子なんて誰もいないよ?」
「そうなのよねぇ。困ったわ……」
確かに見ず知らずの子供の為に放課後の数時間を捧げるような暇人は早々いないだろう。
母なる存在の忍野先輩も困っているけれど……。眉を八の字にして落ち込んでいる様子だけど……。俺は入らないぞ! 先輩には悪いけど、俺には俺の願望があるのだ。
「ゆり姉の用はそれだけか? 俺はもう帰るぞ」
「うん……。あと今日はビーフシチューが食べたいな。牛肉がとろけるやつ」
「はいはい。じゃあスーパーに寄って帰るわ」
事務的な会話を済ませ、その場から立ち去ろうとする。そんな姿を忍野先輩は遠目から眺めるように見つめていた。
「……ゆりっちは良いね。仲良しな弟くんがいて」
「でしょー? 颯くんは私の自慢の弟なのよ」
「俺は邪魔な存在だと思ってますけどね。ゆり姉の事」
ぶっきらぼうに言ってみたが、今のは俺の百パーセントの本音ではない。雀の涙程度にはゆり姉の世話になっている部分もあったりする。でも素直に話すのは恥ずかしいし、何かに負けた気がするのだ。
「あらら、そんな事言ったらゆりっちが悲しんじゃうよ?」
「そうよ! 私は今深く傷付いたわ!」
「全然元気そうじゃないか」
寧ろこの程度でダメージを受けたらそれはそれで心配だ。こんなの日常茶飯事だしな。
「でも姉弟って良いよね。私一人っ子だからさ、そういう楽しさに憧れちゃうなあ」
忍野先輩はどこか寂しそうな笑顔を浮かべていた。個人的には一人の方が羨ましいと思うけど……。なんせ自由だし。ぎゃーぎゃー五月蝿い姉が居ないだけでどんなに楽になるだろうか。
「そっか……。じゃあ特別に一日だけ颯くんを貸してあげようか?」
「おい、俺をモノ扱いするな」
俺はゆり姉の所有物かよ。
でも忍野先輩の弟になるのなら……悪くない。優しそうだしお姉さんの雰囲気が凄く漂ってるし、なにしろ巨乳だし……。
「うふふ。じゃあ今度借りよっかな、なんて」
「先輩が仰るなら……。俺は喜んで!」
「颯くんってば何鼻の下伸ばしちゃってるのよ。ムカつくわね」
ゆり姉は腕を組みながら不機嫌なご様子だ。おいおい、この期に及んで嫉妬か? ――いや有り得ないか。単に俺が調子に乗った事に苛立っているだけだよな。
「弟くん、引き止めちゃってごめんね。もう帰って大丈夫だから」
「はい、俺は別に問題無いですので。……これからも姉をよろしくお願いします」
向き合って一礼をする。
正直な所、ゆり姉に親しい友達が居たことを知って俺はほっとしていた。
今までゆり姉が自身の交友関係について口にした事はほとんど無かったから、もしかしたら友達が居ないのではと心配していたのだ。でも忍野先輩のような抱擁感のある……じゃなくて、優しそうな人がいるなら安心だ。俺もリア充満喫の夢に集中できるからな。
引き戸を開けて廊下に出る。するとドタドタと駆けていく足音が聞こえた。
「どうしたの?」
「いや、逃げるような足音が聞こえてきたから……」
特別校舎の廊下は電灯が点いておらず、暗がりのため人影を確認することはできない。つい先程までこの辺りに誰かがいて、そこから逃げ出したかのような足音だったけど……。気のせいだろうか。
「ちょっと、変な事言わないで頂戴」
「あれ? もしかしてゆり姉怖がってる?」
「う、うるさい! お化けなんて怖くないもん!」
そう言う割には膝をガクガク震わせてますけどね。ゆり姉さん。
「まあ俺は帰るんで。忍野先輩、後は任せました」
「はい、任されましたよ~」
終始穏やかな笑みを浮かべていた先輩を横目に、いよいよ教室を後にする。
さて、俺もどの部活に入るか早く決めないといけないな。