1-5 理由が可愛いと思います
翌日。高校生活最初の昼休みが始まり、俺は教室で一人そわそわしていた。
今日は非常に大切な日だ。このタイミングで一緒に飯を食う仲間を見つけないと、ぼっちになる可能性が非常に高くなる。正にリア充になるか否かの分岐点とも言えよう。
ひとまず俺は辺りを見回してみた。各々が弁当箱を持ちながら各ブロックに別れようとしている。残された時間は少ないようだ。
俺は更に教室の前方へ目を向けてみた。黒髪ロングの天才美少女、瑞垣彩愛の動向を確認しようとしたが、彼女は既に教室から姿を消していた。他のクラスに移動したのだろうか。まあ瑞垣がいたところで一緒に飯を食えるわけじゃないのだけど。
「颯太くん!」
どうにも上手くいかない状況に落胆する中、俺の右肩がポンと叩かれた。振り向くと赤髪の可愛らしい男の子が一人。
「大月か。どうしたんだ?」
「その……。お昼ご飯を一緒に食べてくれる人を探していてね。もし良かったら颯太くんもどうかなって思って」
うおぉぉマジか。大月が俺を誘ってくれるのか。ありがたい……。まるで暗闇の中に突如現れた女神のようだ。
「俺なんかでいいのか!? 大月に相応しい奴は他に沢山いそうな気がするけど」
「ううん。ボクは颯太くんと一緒がいいんだよ」
そう言って屈託の無い笑みを浮かべる大月。まったくこの子は……。彼が男じゃなかったら速攻恋に落ちていたところだったぞ。
「よ、よし。じゃあ食うか。場所は俺の机でいいか?」
「うん、もちろん!」
喜びを全面に押し出している大月と向かい合わせになって座る。
運命の出会いとはよく言ったものだが、まさかこんな胸がときめく展開になるとは思わなかった。
しかしながら男同士という都合上、大月に恋をするわけにはいかない。俺はバイセクシャルでは無いし、何より瑞垣という心惹かれた女性がいるのだ。余計な煩悩は捨てるべきだぞ、俺。
◆
「大月はいつもその髪型なのか?」
「うん。昨日はシュシュが無かったから下ろしてたけど、普段はこんな感じだよ」
ポニーテール姿の大月はにこやかに答えた。エネルギッシュな雰囲気が彼に似合っている。
だが男には見えないんだよな。近付くと甘い香りが漂ってるし、声も女子のように高い。
「……大月はショートカットも似合いそうだな。その方が男っぽく見えそうだし」
大月の趣味が女装なら俺は止めないが、男らしく見せるならやはり外観から変えていく必要があると思うのだ。余計なお世話かもしれないけど。
「そうだよね。ボクも一回短くしてみようと思ったことがあったんだけど……。諦めちゃったの」
「諦めた……?」
「うん。伸びた髪をバッサリ切られるのが怖くて……。それに髪が可哀想って思ってね……」
あら可愛い。それなら仕方ないよね。自分の髪は大切にしないと。
◆
「大月は入りたい部活動とかあるのか?」
俺は弁当を貪りつつ聞いてみた。
高校生の話題といったらやはり部活動だろう。大月が何に興味を持っているのか気になるし、俺もどの部活に入ろうか悩んでいたからな。
「ボクは美術部にしようと思ってるよ。中学の時もそうだったし……」
「美術部か。ってことは絵とか描くの好きなの?」
筆やパレットを持たせたら似合いそうだなあと想像してみる。大月は綺麗だから何をさせても絵になりそうだけど。
「うん。あんまり上手くないけど描くのは大好きだよ!」
「そっか?。大月の絵、見てみたいなぁ」
「じゃあ今度スケッチブック持ってくるね。なんなら、颯太くんの似顔絵も……描きたいな」
「え、マジで!?」
凄い嬉しいけど俺の顔を描いても面白くなさそうだな。極端な不細工でもなければイケメンでもないし。
とはいえ、描いてもらえるということは大月が俺をじっと見つめてくるって事だろ? 真ん丸と澄んだ瞳でずっと俺を……。やベぇ、興奮してきたな。
「もちろん! 颯太くんはボクの友達だからね!」
大月は笑顔で答えてくれた。一層の事俺も美術部に入ろうか。絵は下手だけど、彫刻系なら何とかなるかもしれないし。
「そういえば話は変わるけどさ、大月と瑞垣って同じ中学だったのか?」
もう一つ、気になっていた点を聞いてみた。
昨日配られた例の座席表には二人とも『第六中学出身』と書かれていた。もし事実であれば、瑞垣とお近付きになる為の情報を大月から聞き出したいと考えていたのだ。
「うん。彩愛ちゃんとは三年間同じクラスだったよ」
「そうだったのか! ……因みに結構仲良かったりするの?」
「うーん、まあまあかな。家が近いからよく一緒に帰ったりしたけど」
「なるほど……」
という事は俺が大月と仲良くなれば、彼を経由して瑞垣との距離も近付けられるかも……。でもなんか正規ルートじゃないというか、情けない考え方に思えてくるな。
「あ、もしかしてなんだけど……。颯太くんって彩愛ちゃんに興味あったりするの?」
「なっ……!? べ、別に俺はそんな……」
大月は悪戯っぽく笑う。可愛い……じゃなくて勘付くのが早いぞ。
「ふふ、隠さなくてもいいのに。彩愛ちゃんはモテるからね。仕方ないよねぇ」
「やっぱそうだよな。ならもしかして彼氏がいたりとか……?」
今まで全く考えていなかったけど、瑞垣にアプローチしても無意味な可能性があったのだ。
大体、あれだけ美人でお淑やかそうな女の子なら彼氏の一人二人くらいいても当然だと思う。それなのに俺は彼女に猛攻しようとしていたなんて……。恋は盲目とは正にこのことだろう。
しかしながら、大月は俺の言葉を聞くなりゲタゲタと腹を抱えて笑い出してしまった。俺、変な事言ったかな……?
「大月、どうした……?」
「あぁごめん。あまりにも可笑しくてつい」
まさか瑞垣に恋人がいる事を聞くのはマナー違反だったりするのか……?
「なんかよく分からんけど……すまん」
「いやいや、颯太くんが謝ることじゃないよ! だって…………彩愛ちゃんに彼氏はいないし、この先も絶対にできないと思うからね」
「え……。そ、そうなのか……?」
瑞垣にはただならぬ事情があるのかもしれない。きっと親が厳しすぎて彼氏を作らせてもらえないとか、その類が疑われるだろう。
嗚呼、俺の片想いは僅か二日で砕け散ってしまいそうだ。これじゃあゆり姉を馬鹿にすることもできないぜ……。
だが大月は笑顔から一転。神妙な面持ちで答えた。
「うん。彩愛ちゃんは――――すっごーい人見知りだからね」