1-4 性別という概念が憎いです
「新入生代表、瑞垣彩愛さん。壇上にお願いします」
司会のアナウンスに続き、一人の生徒がステージの上へと進んで行く。淡々と歩むその姿には見覚えがあった。
「黒髪美少女……!」
言わずもがな、今朝出会った女の子だった。すらりと伸びる長い髪は何度見ても美しい。
静まり返った体育館に彼女の足音だけが響き渡る。まるで会場全体が彼女の虜になったかのようだ。
それから瑞垣と呼ばれた美少女は壇上に上がると深く一礼をした。姿勢の良さからなのか、一つ一つの所作が全て綺麗だ。彼女の魅力に益々惹かれてしまうな。
それにしても新入生代表を瑞垣が務めるのか。やはり彼女は育ちの良いお嬢様で幅広い能力に長けているのだろう。見た目も恐らく学校一のレベルだし文句無しのパーフェクト。近付くだけでも恐れ多いオーラを感じるけど、仲良くなれるだろうか……。
「――以上。新入生代表。瑞垣彩愛」
気付けば瑞垣は再度一礼をして壇上から降りていた。そして堂々とした面持ちで自席へと戻っているのだが、その姿を多くの生徒(主に男子)が食い入るように見つめている気がする。俺と同じように、彼女の美貌に心打たれた戦士が数多く生まれたのかもしれない。
その後は校長からの挨拶や校則等の諸注意といったつまらない内容が続き、式は平穏無事に幕を閉じた。
◆
式の後に発表されたクラス割りで俺はA組であることが判明した。
そして今は教室の自席で一人ポツンと座っている。周りは全員初対面だから、ひとまず俺は様子を伺っているのだ。決してぼっちではないぞ。
しかし俺のような境遇を持つ生徒も多いのか、教室はやけに落ち着いた雰囲気だ。新学期特有の緊張感に包まれている。
とはいえする事が無い。このまま座り続けても虚しく感じるだけだ。俺はせめてもの思いで配られた座席表に目を通すことにした。多少の時間潰しにはなるだろう。
「瑞垣はいねがー」
東北地方某県で有名な〇〇ハゲ風のセリフを吐きながら探してみる。もし見つかったら嬉しくて俺が泣いてしまいそうだ。
相田、加藤、笹原……。知らない名字が名を連ねる中、俺はとある一点に目が止まった。
『第六中学出身 瑞垣彩愛(女)』
それは俺より三つ斜め前の席に位置する生徒だった。おいおい嘘だろ。あの超絶天才美少女と本当に同じクラスになるなんて……。自分、涙イイっすか?
まさかの事実を知り、俺の心は歓喜に満ち溢れていた。
さっきまでは姫高を選んだ事すら後悔しそうになったけど、今は全くそう思わない。俺が描く最高の青春を始めるための環境が完璧に整っているのだ。あとは自分自身の努力あるのみ……!
「あ、颯太くんだー!」
ふと可愛らしい声が俺の名前を呼んだ。誰だろう。この場所で俺を知る奴なんてほとんどいないはずだが……。
改めて自分の孤独具合に虚しさを感じつつ、声の方向に振り向く。そこには眩しいほどの笑顔を浮かべる少女が俺の隣に立っていた。
「颯太くんもA組なんだね。やったー! 一緒のクラスだ!」
「あ、大月か」
ゆり姉が拾ったシュシュの持ち主の子だな。彼女も瑞垣に並ぶ美人だ。しかも同じクラスだったのか。素晴らしいな。
「柚葉でいいよ。名字だとなんかよそよそしいし」
「でも恥ずかしいんだよ……」
「ふふ、そのうち慣れるって! あとボクは颯太くんの隣だから。よろしくね!」
「おぅ……ってマジ!?」
慌てて座席表に目をやる。俺の左隣には確かに大月の名前が書いてあった。さっきは瑞垣を探すことに夢中で全然気付かなかったぞ……。
しかし、座席表を確認したことで俺は新たな点に気が付いた。
『第六中学出身 大月柚葉(男)』
おいおい、性別が間違っているじゃないか。いくら入力ミスとはいえ失礼極まりないだろ……。
「これは先生に言うべきなのか……?」
大月をはじめ、クラスの大半は恐らくまだ気付いていない。本人に不快な思いをさせない為にも、早めに報告をする必要がある。だが既に紙が配られている以上、ミスを無かったことにするのは不可能に近いだろう。
それにしてもこんな美少女を男だと記載した教師は何を考えているんだ。大事な書類なのだから見直しをしないとマズいじゃないか。犯人を呼び出して説教を喰らわせたい気分だな。
ひとまず俺は離席してこっそり職員室へ向かおう。こういうのは一度見てしまうと放っておけない性分だからな。
「大月。俺はちょっとトイレに――」
「それ、間違ってないよ」
自然な流れで教室から出ようと試みたが、大月がにこやかな顔で阻止した。それも俺の考えを察しているような表情をしている。間違ってないって……どういう事だろうか。
「大月……これ、気付いてたのか?」
「うん。でもその紙は正しいよ。だってボク、男の子だし」
「………………は?」
あれ、俺は今盛大な聞き間違いをしたのかな?
大月が男……? いやいや、何の冗談だよ。
「そうか。大月が優しい子なのは分かった。プリントをミスして作った先生を庇っているんだろ。でもな、これは流石に怒っていいと思うぞ」
「だからボクは男の子だって。颯太くんと同じ、お・と・こ・の・こ、だよ?」
何故だ。ここまで言い張るなんて……。余程の事情があるのだろうか。
「……分かった。もういい。俺は何も聞かないから」
「むぅ、颯太くんまだ信じてないでしょ? ボクだって付いてるんだよ。その…………ちん――」
「おーっと! それ以上は言うな。この場が気まずい雰囲気になるから」
慌てて大月の口を塞ぐ。危ねぇ。可愛い見た目してとんでもないこと言おうとしたな。
「それに見れば分かるでしょ? ボクには胸が無いもん」
「なるほど。だがそれは証拠不十分だな。世の中には上半身ぺったんこな女性もいるのだ」
例えばゆり姉とかゆり姉とかゆり姉とか。
「そっか……。なら下を確かめてみる? 恥ずかしいけど……スカートの上からでも触れば分かると思うから」
「いいや、それは却下だな。例え大月が男だったとしても、俺が変態になってしまう」
入学初日からクラスメイトの下腹部を弄るなんて愚行は犯したくない。
大体、こんな可愛らしい子の身体に俺が触れられるとでも思うのか。恋愛経験ゼロの清純男子を舐めるんじゃないぞ。
「じゃあどうしたら信じてくれるの?」
「信じるもなにも、その格好じゃ女にしか見えないだろ」
大月が着ているのは女子用のセーラー服だ。当然、男が身に着ける代物ではない。
「確かに颯太くんの言う通りだと思う。でも先生に相談したら「紛らわしいからこっちにしてくれ」って言われちゃってね。ボクも慣れてるから別に構わないんだけど……」
大月は俯きながら寂しそうに答えた。
彼女――いや、彼の真剣な眼差しを見ると嘘を付いているようには思えない。仮に大月が女子だとしても、ここまで自分を男と主張する意味はないだろう。ということは……。
「どう? ボクが男の子って信じてくれた?」
「………………一応、な」
有り得ない話だと思うけど、それは俺が単に無知なだけで、実際は広く知れ渡っている問題なのかもしれない。俺だって身近に小学生にしか見えない女子高生がいるのだから、女にしか見えない男がいたっておかしくはない――とは思わないが。
「ありがとう、颯太くん! ボクを理解してくれたのは君が初めてだよ!」
大月は満開の笑顔で俺の手を握り締めてきた。おまけに顔も近い。お互いの距離は僅か十数センチといったところだろうか。俺の心臓はバクバクだ。
それにしてもスキンシップが激しい気がするな。でも同性だから普通か?
……いやいや、男同士の触れ合いなんて気持ち悪いだろ。だが大月は可愛いぞ? なら手を繋いでもアリなのか? 寧ろ男なら気にせず振る舞うべきなのか……。
混乱が混乱を呼び、俺の脳内は既にパンク状態だ。もうどうにでもなれ。深く考えるな。
「分かった。分かったから……少し離れてくれないか?」
「あ、ごめんね。つい嬉しくなっちゃって……」
えへへと照れ笑いをする大月。やべぇ、マジで男なのかこの子。胸のドキドキが全く収まらないんだが。
「ねぇ颯太くん。もし良かったらさ……ボクと友達になってくれない……?」
「友達……?」
「うん。駄目……かな?」
大月は上目遣いでこちらを見つめている。大月よ、俺を萌え殺しするつもりなのだろうか。危うく意識が吹っ飛ぶところだったぞ。
「良いに決まってるだろ。俺が断る理由なんて何一つ無いからな」
まさか大月から誘われるとは思わなかったけど結果オーライだろう。男だろうか女だろうが大月は可愛いのだ。可愛いは正義。だからヨシ。
「ありがとう! ふふ、颯太くんが初めての友達だよ!」
大月は嬉しそうに手を頬に当てながら答えた。少し気になる単語が聞こえたけど……喜んでるみたいだし、まあいいか。
柚葉くんが教える女子力豆知識
①髪飾りやブレスレットにも使えるシュシュはフランス語の「chouchou」が言葉の由来になってるそうだよ!