1-3 運命の出会いは存在するのかもしれません
広場の隅で慌てている女の子は明らかに困っている様子だ。周りに人はいないし、無視して通り過ぎるのは悪い気がするな……。
俺は少し迷った。だがこれはある種の出会いかもしれないと思い、彼女に声を掛けることにした。
「どうか……しましたか?」
「はい……。物を失くしてしまって……」
女の子は深刻そうな顔をしながら俯く。余程大切な物を失くしてしまったのだろうか……。
「その……よかったら俺、手伝いましょうか? 一緒に探すくらいしかできないと思うけど……」
人助けなんて柄にも無いことをしているなと我ながら思う。だが俺と同じ新入生らしき女の子が目の前で困っているのだ。男なら助けるしか選択肢は無いだろう。
「本当ですか! ありがとうございます! オレンジ色のシュシュを探しているんですけど……」
「…………ん?」
笑顔で快諾してくれた彼女を見て癒されたのも束の間。この子――なんて言った?
オレンジ色のシュシュってまさか……。
「もしかして……」
俺はすかさずゆり姉から押し付けられたシュシュを取り出す。するとそれを見た彼女は驚くように目を見開いた。
「それ私のです! どうして貴方が……」
「あぁ、ここに来る途中で拾ってね。まさか君の物とは思わなかったけど」
おいおいこんな偶然があるのかよ。落とし主は同い年の女の子――それもよく見ればとびきりの美少女じゃないか。
赤みがかった髪はハニカミ笑顔の彼女によく似合っていて、平凡男子の俺なんかには直視する権利すらないと思わせる程の美しさだ。先の黒髪美少女といい勝負になるだろう。
しかし高校生活初日に二人もの美少女に出会えるなんて……俺、運が良すぎないか?
「ありがとうございます! とても嬉しいです!」
「えっ……!?」
なんと女の子は感謝の言葉と共に俺の手を包み込むように握ってきたのだ。
柔らかく、そしてほのかに暖かい彼女の手のひら。やべぇ、ゆり姉の言ってた乙女的妄想が現実に舞い降りてるぞ。後でバチとか当たらないよな……?
「そういえば貴方のお名前、まだ聞いてませんでしたね。よければ教えてもらえませんか?」
「も、もちろん。えっと……俺は北杜颯太だ。よろしく」
異性に手を握られる(ゆり姉を除く)という人生初の状況でついテンパってしまう。色恋沙汰など無縁だった俺には容量超過な案件だ。自分の名前を言えただけでも褒めてほしい。
「ボクの名前は大月柚葉です。柚葉って呼んでいいよ! えっと……颯太くん、これからよろしくね!」
おおおおぉぉ! なんだこの子、天使かよ。可愛過ぎるだろ。
それに自分のことをボクと呼ぶのか。珍しいと思うけど明るい彼女には違和感が無いな。というか名前で呼んでいいって……いきなりハードルが高過ぎるんじゃないか?
「こちらこそよろしく…………柚葉」
うわ恥ずかしっ! 駄目だ。もう大月の顔を直視できないぞ。
「うん! 一緒のクラスになれるといいね、颯太くん!」
「あ、あぁ……」
美少女というのはこんなにも夢を与えてくれる存在だったのか。こんな一般ピープルな俺にも純粋な笑顔で包み込んでくれるなんて……。もはや彼女が別次元の人間に思えてくるな。
「急ごっか。入学式に遅れちゃったら恥ずかしいもんね」
「……だな」
俺は大月のペースに乗せられたままで相槌を返すことしかできなかった。だがこの時の俺は沢山の嬉しさで脳内が埋め尽くされていた。
大月と一緒のクラスになれるだろうか。そしてこの出会いは明日からも続いてくれるだろうか。あぁ、恋愛成就の神様よ。どうか俺の願いを聞いてください……!
「颯太くーん、早く行こうよ!」
「おぅ、悪い」
振り向きざまに急かす姿も可愛いな。ゆり姉とは大違いだ。
俺は笑顔で返事をして大月の隣に並び、体育館に向けて歩き出した。
◆
入学式は粛々と執り行われていく。俺は抑えきれぬ欠伸を漏らしながら、襲い掛かる睡魔と格闘していた。やはりテンプレートに当てはめた式というのは退屈で仕方ない。もっとこう……サプライズ的な面白さがあれば目が覚めるのだが。
しかし心の中で愚痴を吐いても現状は変わらない。と思われたが次の式目で俺の脳内は本格稼働を始めることとなった。
「次は入学宣誓です。新入生代表、瑞垣彩愛さん。壇上にお願いします」
作者が教えるゆりなちゃん豆知識
②中学の遠足で東京に行った時、読者モデルにスカウトされた事がある。(※女児向け雑誌)
「もうっ! 私を子供扱いするなんて……あのスカウトマンは見る目が無いと思うわ」