1-2 美女に魅了されるのは当然です
「すげぇ……」
前方のコンビニから現れた一人の少女。その容姿に俺は目が釘付けになっていた。
腰元まで垂らした黒髪は眩しいほどに美しく氷柱のようにすらりと伸びている。身長は俺より若干低いが女子の平均は大きく上回っていそうだな。おまけに肌も白く脚も細い。まるでモデルのような体型だ。後ろ姿だけで美人だと分かる。
「ねぇ颯くん、聞いてるの!?」
俺は既に目の前の美少女に心を奪われていた。隣で騒ぐゆり姉は視界にすら入っていない。
「綺麗だな……」
あの子は新入生……だよな? 身に付けている制服やバッグに使用感は見られないし間違いないと思うけど……。
もし叶うのならば俺はあの子と同じクラスになりたい。そして隣の席になって「あ、北杜くん消しゴム落としたよ?」って言われて笑顔で手渡しされたい。やべぇ、凄い青春って感じじゃないか。ワクワクするな……!
「ねぇ颯くんってば!」
「……ゆり姉は黙っててくれ。今は忙しいんだ」
俺は集中しているのだ。これこそ正に一世一代のチャンスだろう。個人的な見立てによればあの子は俺のストライクゾーンにドンピシャで入るお姉さん系美少女。つまりゆり姉とは正反対の存在だ。ここは何としてでも仲良くなりたい。その為に情報を集めねば……。
「むぅ、颯くん顔ニヤけすぎ。どんだけ前の子に見惚れてるのよ」
「おまっ、声でけぇ!」
もし聞こえたらどうするんだよ。俺は「陰でニヤニヤする変態」というレッテルを貼られ、希望に溢れた高校生活が一瞬で暗黒の三年間に変貌してしまうかもしれないのだぞ。
「颯くんがこっち向かないのが悪いでしょ!」
「知るか。綺麗な子がいたら気になるのは男子の特性なんだよ」
「ふぅーん。颯くんの隣には超絶可愛い美少女がいるのにね」
「うそ、マジ!? どこだよ!?」
「ここよっ!」
革靴で足下を蹴られる。痛くはない。
しかし精神的にはダメージを負ったかもしれない。なんと前を歩く女の子がこちらに振り返ろうとしたのだ。もしかして本当に聞かれてしまったのだろうか……。
艶やかな髪が大きく揺れて、彼女の顔が露わになる。瞬間、俺は時の流れが止まったかのような感覚に陥った。
「すげぇ……」
彼女は意外にもあどけない顔をしていた。アイドル顔といった方が適切だろうか。
俺の予想していたお姉さん系美女とは異なっていたが、これはこれでアリ。寧ろ美麗と可愛さが組み合わさって最強なのでは。
少女は一瞬だけこちらに目を向けた後、すぐに前方に視線を戻してしまった。幸いにも俺達の会話の中身までは聞こえなかったらしい。助かった……。
「ふんっ! 颯くんなんか勝手に告白してズタボコにやられちゃえばいいのに」
「……なんでお前がキレてんだよ」
俺が女子へ興味を持つのを嫌がっているのか? ――まさか男を好きになれと!?
……ってのは冗談として、ゆり姉も片想いしているのだから俺も自由に恋愛させてほしいのだが。
しかしぷすぷすとお怒りのご様子のゆり姉は言葉だけでは気が収まらないようで――
「罰として今日の夕飯はすっごーく辛いカレーにしてやるんだから!」
「なら明日の晩飯はアスパラたっぷりのバーニャカウダにしよう」
「…………今日は特別に甘口にしてあげる」
ゆり姉の追撃は呆気ない程に終わった。というかゆり姉、野菜に弱過ぎるだろ。もはや何でも言う事聞くレベルだぞ。
「俺、甘口嫌なんだけど」
「うっさい! 文句は禁止よ!」
「……でも本当はゆり姉が甘口を食べたいだけだろ? 仕方ねぇなぁ、今回はゆり姉の好きにしてやるよ」
「なんで颯くんが偉そうにしているのよ! 私だって辛口くらい……へ、平気だもん……」
段々と語尾が弱くなっていくゆり姉。まあ無理するなって。辛口のカレーを食べたところで大人になれる訳じゃないんだし。
それから俺達はくだらない雑談を続け、校門の前まで辿り着いた。
例の美少女はずっと数メートル前を歩き続けていたが、こちらに振り返ったのは一度きりのことだった。結局、容姿しか情報は得られなかったけど果たして仲良くなれるだろうか……。
◆
ゆり姉と別れ、高校の敷地内を奥へ進んでゆく。
校舎の入口付近は広場のようなスペースとなっており、待ち合わせ等の目的にはうってつけの場所と思われたが人はほとんど居なかった。恐らく集合時間が近い為と思われる。これも全てゆり姉のせいだ。
俺は早足で先を急ぐ。すると広場の隅にあたふたとその場で慌てている女の子を発見した。
作者が教えるゆりなちゃん豆知識
①身長は139センチ。小学3年生の平均と同じくらいだぞ。
「ちょっと勝手に私の情報を晒さないでよ。恥ずかしいじゃない!」